<川崎の針路 2021市長選 >(下)JFE高炉休止計画 「工都」の行方 渦巻く不安

2021年10月5日 07時29分

JFEスチール東日本製鉄所京浜地区の高炉。左が第2高炉=川崎区で

 「これからどうなるか、正直想像できない」
 人通りもまばらな休日の桜本商店街(川崎市川崎区)で、渡辺正理事長(74)がつぶやく。市臨海部のJFEスチールが東日本製鉄所京浜地区の高炉休止計画を発表したのは昨年三月。休止のめどとする二〇二三年九月まで二年に迫るが、まだどこか現実のものとは受け止め切れない。
 「川崎の歴史そのもののような企業でしょ。子どものころ写生会ではみんな煙突と黒煙を描いた。その高炉がなくなる日が来るなんて思ってもみなかった」
 JFEに統合された旧NKK(日本鋼管)は一九一二年に川崎で創業した。「工都」を支える中心的な企業であり、戦後の高度経済成長もけん引した。
 周辺には日本鋼管の社宅がひしめき、その暮らしを支える商店街も活況を呈した。渡辺さんは「八〇年代ごろまで商店街は平日も人ごみで真っすぐ歩けないくらい。親が日本鋼管や関連企業で働く同級生も多かった」と振り返る。

人混みでにぎわう70年代ごろの桜本商店街(石垣順之さん提供)

 だが、百店近かった組合員も現在は三十二店。大型スーパーができた影響が大きいが、臨海部から製造業の事業所や労働者が減ったことも無縁ではない。日本鋼管でも中国などのライバル企業に押され、人員削減を進めてきた。
 疲弊した地域に追い打ちをかける「高炉休止」問題に、小田銀座商店街(川崎区)の六十代男性店主も「決定的なダメージを受ける」と不安を隠せない。
 JFEは高炉休止に伴い、現地採用の社員約千二百人に対し、西日本の製鉄所などへの配置転換に向け意向確認を行っている。ほかにもグループ企業の約二千人が影響を受けるとしている。
 市民団体「JFEスチール京浜の高炉休止に反対し職場を守る会」を結成したOBの一人、藤田重則さん(71)は「関連業者は下請けなども含めると、実際には四千人以上になる。家族も含めると影響は計り知れない」とみる。同会では、地元で働き続けたい社員や関連業者らの声を聞き取り、市に対しても影響調査や支援を訴えている。
 六七年に入社したOBの楠木正俊さん(72)は「公害で迷惑をかけて地域に協力してもらいながら百年以上続けてきた企業。そんなに簡単に川崎から中核設備を撤退していいのか」と歯がみする。
 市は今年二月にJFE側と土地利用に関する協定を結び、広大な跡地の利用方法について検討を始めているが、雇用支援の動きは鈍い。市労働雇用部の担当者は「JFE側と協力会社との話し合いもまだ終わっていないようなので、現時点で動くとかえって混乱を招きかねない」と説明する。同じ理由で地域経済への影響調査もできないでいるという。
 渦巻く不安に「工都」の行方も煙って見える。(中山洋子)
<日本鋼管> 2003年にJFEスチールに統合された川崎発祥の鉄鋼メーカー。1970年代に扇島(川崎区)を拡大造成し、周辺の高炉7基を集約。76年に第1高炉(休止)、78年に現在の第2高炉が稼働した。「工都」を象徴する企業で、地元には「鋼管通」の町名も残る。

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