東京・浅草橋の老舗人形店「吉徳」保管の絵図 秩父夜祭で曳行される山車「中近笠鉾」の原図だった

2019年11月6日 02時00分

「中近笠鉾」の原図と判明した山車の絵図。老舗人形店「吉徳」に保管されていた=東京・浅草橋で

 東京・浅草橋の老舗人形店「吉徳」に保管されていた山車の絵図が、秩父夜祭(秩父市)で曳行(えいこう)される山車の一つ「中近笠鉾(なかちかかさぼこ)」の原図だったことが、専門家の調査で分かった。これまでは、川越まつり(川越市)で使われる山車と考えられていた。地元の中近町会は今回の「発見」を祝し、絵図を今年の夜祭期間の前後に、秩父神社で一般公開する。 (出来田敬司)
 山車の絵図は縦四五・五センチ、横六〇・五センチ。和紙に墨書きで、「腰回り」と呼ばれる下半分が詳細に描かれている。
 竜が巻き付いたデザインの勾欄(こうらん)と、木柱を横に寝かせて段状にした「木口階段」があるのが特徴だ。裏面には、先々代の吉徳社長とみられる筆跡で「家台作り 川越鍛冶町-」と、川越まつりの山車であるように記されていた。
 絵図は一九九七年、川越市立博物館での企画展に「川越鍛冶町屋台図面」として出展されたが、中近町会の関係者が「中近笠鉾ではないか」と推測。今年七月、祭礼研究家の宮本卯之助(うのすけ)さんらが中近笠鉾の写真と絵図を照合し、笠鉾の原図だと確認した。
 さらに、秩父市文化財保護審議委員会の千島公一さんは、竜の頭の形や口の開き方などから、玉井村(現・熊谷市)を拠点とした彫刻師「小林流一門」によって描かれたと分析。絵図は笠鉾の建造時期に照らして一八八〇(明治十三)~九四(同二十七)年ごろに描かれたと推定した。
 吉徳資料室の林直輝(なおてる)客員研究員は「絵図の山車は、川越ではなく秩父ではないかと推測していたが、どこの町会かは分からなかった。秩父の皆さんのためにも、貴重な史料を大切に保存したい」と述べた。
 絵図は二十五日~十二月六日、秩父神社平成殿の二階展示室で一般公開される(十二月二、三日を除く)。
<中近笠鉾> 秩父夜祭大祭の12月3日に、中村、近戸の町会が合同で曳行する山車。重さは約15トン。黒塗りで、周囲に豪華な竜の彫刻を施していることで知られる。現行のものは1880(明治13)年に建造、97(同30)年に改修された。電線に接触する恐れがあるため、現在は全体を覆う「笠」を付けずに曳(ひ)き回される。

秩父市中心市街地を曳き回される「中近笠鉾」(中近町会提供)

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