<新お道具箱 万華鏡>能「海士」の龍戴 子思う母の優しい顔立ち

2021年10月8日 07時40分

「海士 懐中之舞」観世銕之丞(吉越研撮影)。後半、お経の巻物を広げて読む場面。頭に龍戴をつけている。

 「子どもながらに、切ない物語だなぁと思いながら、舞台に出ていました」
 観世流の能楽師、観世銕之丞(てつのじょう)さんがそう語る能は、「海士(あま)」。能では、子どもが重要な大人の役につくこともあり、子役ではなく「子方」と呼ぶ。「海士」では、子方が大臣・藤原房前(ふささき)を演じる。

龍戴を持つ観世銕之丞さん。

 「海士」は、子どもの出世と引き換えに命を捧(ささ)げた母の物語。このお話には、秘宝の珠(たま)という鍵になるアイテムがある。龍に奪われ海底に封じ込められているのだが、わが子を大臣にしてもらうことを条件に、母は恐ろしいサメがうようよいる海底に潜っていく。
 「珠を奪い追っ手から逃げるとき、自分の身体(からだ)を切って、そこに珠を押し込めて地上に戻るんです。珠は奪還できたけど、息絶える。辛(つら)いですよね…」
 その様子を表す舞(「玉之段」と呼ばれる)は、前半の見どころだ。動きもあって見た目は楽しいが、痛ましいような哀れなような複雑な気持ちになる。
 「子どもを思う母が、政治的なことに巻き込まれていく切なさ。いつの時代にも通じるテーマかもしれません」
 時は流れ、大臣となった子が母の供養をすると、母の霊が龍の姿となって現れる。このとき、頭の上には龍戴(りゅうたい)と呼ばれる飾りをつける。

龍戴の顔の部分

 光を受けて輝いていますが、金属製ですか?
 「いえいえ、素材は革なんですよ。細工を施して、金などで彩色してあります。雌の龍なので、顔立ちも優しげです」
 持たせてもらうと、見た目よりもうんと軽い。革なら万が一、能面に当たっても傷つけないし、金属特有の音もしない。なにより軽いと演者の負担が小さい。
 どうやって頭に固定しているんですか?
 「黒い頭(かしら)に糸で留めて、さらに紐(ひも)も使います。激しく動きますので、何重にも固定するんですよ」
 紐の色にも決まりがあって、この龍の場合は紫。紐の両端が二股に分かれた特殊な組紐(くみひも)で、特注で作られる。組み方は、四つ組み。

龍戴を固定するための組紐

 ところで、肝心の珠の道具は、出てきませんね。
 「重要ゆえに見る人の心のイメージに委ねているのではないでしょうか」と銕之丞さん。きっと観客ひとりひとり違うことだろう。
 物語の最後。龍になったお母さんは、法華経の力で成仏し去っていく。その後ろ姿がなんともいえず、いつも祈りのような気持ちに満たされる。
 (伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)

◆公演情報

<海士 懐中之舞> 十一月十九日午後五時半、東京・千駄ケ谷の国立能楽堂で上演予定。シテ(前半・海士、後半・龍女)は観世銕之丞。他に狂言「成上(なりあが)り」(シテ茂山茂)。
 国立劇場チケットセンター=(電)0570・079900。ネット予約は「国立劇場チケットセンター」から。 

◆取材後記

 銕之丞さんは「龍の物語は、玉が出てくるものが多いですよね。童話『龍(たつ)の子太郎』でも、龍となったお母さんが、わが子のために自分の眼(め)の玉を差し出していましたね」と言われた。
 子どもの頃に夢中で読んだ童話。帰宅して、久しぶりに読み直してみた。童話と能。筋立ては違うが、自分が犠牲になりながら必死でなにかを成し遂げようとする場面に心が揺さぶられる。 (田村民子)

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