参院静岡補選 候補者の横顔

2021年10月9日 07時34分
 七日に告示された参院静岡選挙区補欠選挙には、いずれも新人で、自民の前御殿場市長若林洋平さん=公明推薦=、無所属の前県議山崎真之輔さん=立憲民主、国民民主推薦=、共産の党県常任委員鈴木千佳さんが立候補している。三人はどんな人生を歩み、なぜ政治を志したのか。横顔を紹介する。(届け出順)

◆若林洋平(わかばやし・ようへい)さん 49 自新公
 父の背中から学ぶ

 「市民の一番近くで寄り添ってきた経験、実績を国のために、故郷のために生かしたい」
 一段と力を込めた言葉の原点は育った環境にある。医師を志していた祖父は太平洋戦争が始まり、医学部と師範学校で進学先を悩んだ。師範学校を選び、軍人となった。耳に残るのは「国のため」と当時を振り返った祖父の声だ。
 病院経営をしていた父の背中からも学んだ。仕事で忙しかったが、休みには釣りや野球に連れて行ってくれた。しつけに厳しい母からは「今暮らしていけるのは、地域のために働くお父さんのおかげだよ」と、こんこんと諭された。
 自身も製薬会社で勤務した後、病院の経営に携わった。父のように地域に住む人の生活と幸せを考えた。その一例が院内保育園の創設。「病院は働く女性の縮図だと思った」
 医師不足も県内の課題だ。現場で感じたのは専門科の偏り。「二十四時間態勢の診療科、訴訟の多い産婦人科を国がサポートすることが大事」。経験は国政で生かすつもりだ。
 芯(しん)は古風で、好きな言葉は「義理と人情」。トレードマークは髪形の「フジヤマカット」。(塚田真裕)

◆山崎真之輔(やまざき・しんのすけ)さん 40 無新立国
 政治家ひと筋15年

 職業「政治家」。経歴の中に政治以外の分野はない。被選挙権を得られる二十五歳に浜松市議に当選して以来、十五年間、政治家ひと筋で歩んできた。
 実家は建築事務所で、政治とは無縁の幼少期だった。「政治家としての経験は長いが、市民の感覚で物事を見られる。地域活性化や困っている人に役立つため、地道な活動を続けてきた」と振り返る。
 政治への道を開いたのは高校時代の失態。中高生のころは医師を志していた。でも「医学部受験に必要な教科を高校で学び忘れた」。
 医師への道を閉ざされ、幅広く将来を模索するために法学部に進学。転機は名古屋市議の事務所で過ごした大学一年の夏休み。条例や施策を考える姿を目の当たりにし「社会の仕組みを考え、より良い未来をつくれる」と政治家を目標に定めた。
 大卒後は、当時衆院議員だった鈴木康友・現浜松市長の秘書に就き、浜松を中心に担当。人脈を広げ、浜松市議、県議を歴任した。
 娘一人と息子二人を育てる。政策立案や住民から意見を聞くため、土日も出掛けることが多いが、年一度の家族旅行で絆を深めている。(牧野新)

◆鈴木千佳(すずき・ちか)さん 50 共新
 強い平和への思い

 旧中川根町(現川根本町)の出身。旧中川根町、川根本町の町議を七期務めた母の背中を見て、政治の世界を志した。二十歳の時に共産党に入ったのも母の影響だ。「人々の暮らしを良くするのが共産党員」との言葉と、地域の人たちの話に耳を傾ける姿が深く心に刻まれた。
 母は長崎県の出身。長崎で路面電車の運転士をしていた親戚は被爆し、名前が書かれたベルトだけが見つかった。子どものころから原爆、戦争の悲惨さを繰り返し聞いた。だから平和への思いは強い。
 中学一年の娘を育てる母でもある。このコロナ禍で学校が休校し、学校行事は軒並み中止に。「子どもは我慢している。そういう子どもを支える親も苦労する」。自身の経験があるからこのコロナ禍で追い詰められる女性に目が向く。「女性を放置する政治は変えないといけない」
 参院選出馬は三回目。娘に「いつまで選挙出るの」と聞かれた。「もうやめて」と言われるのかと思ったら「私が投票できるまで頑張ってね」。その言葉を励みに激務をこなす。
 趣味は得意の似顔絵と料理を合わせたキャラ弁づくり。(塚田真裕)

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