魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣 石井妙子著

2021年10月10日 07時00分

◆水俣への眼差しに迫る
[評]米田綱路(ジャーナリスト)

 熊本県最南部、不知火海を望む水俣は化学企業チッソの城下町だった。同社は戦後経済成長の旗頭となり、工場排水で魚(いお)湧く海を苦海(くがい)にして栄えた。営利の力で住民を抱き込み、産官学を砦(とりで)に汚染を否定し、漁民の命を蝕(むしば)んで受苦の魂まで引き裂いて汚した。
 一緒に行こう、苦しむ人びとの魂を撮ろう――。水俣病を知った写真家ユージン・スミスは一九七一年、日系人学生のアイリーンと結婚して漁村に移り住み、三年にわたりシャッターを切り続ける。本書は二人の関係を焦点に、彼の表現の核心に迫り、改めてレンズの先に向かう力作だ。
 「ありのままの人生」を象徴するものを撮る。十代でそう期したユージンは、日米の戦闘に迫り、沖縄戦で砲弾を浴びて瀕死(ひんし)の重傷を負う。心身の傷に苦しみながら、戦場とは真逆の未来への希望を写そうと、もがき続ける。こうして敵味方の戦線を越え、人間の心をプリントに焼きつける感性と技術を結実させた。
 アイリーンは「先入観が真実と等しくなりますように」という彼の写真展のタイトルに、求めていたものを見つけて惹(ひ)かれる。二人は「吸い寄せられるように」水俣へ向かったと著者はいう。その秘密は、傷つけられてしまった人間に近づきたいという主観と被写体への責任感にある。
 二人の共同作業は、人間として相対(あいたい)するようチッソに要求し、本社前に座り込む患者の闘いと同時進行だった。無視され続けたこの相対こそ、水俣病を捉える写真の本質でもある。ユージンの眼差(まなざ)しは闘争の奥へ、人間の未来である子どもへと向かう。こうして代表作、胎児性水俣病の少女を横抱きにして風呂に入れる母の姿を撮った「入浴する智子と母」が生まれたのだ。
 写真を「美しい」と感じる罪に畏怖を覚えたという著者の感覚は、不朽の一枚に向き合う者の責任倫理に通じる。公開中の映画『MINAMATA』もその結晶であろう。
 「ユージンでなければ、そしてアイリーンが助手でなければ生まれない一枚だった」。文明の罪過に相対した芸術の共振と震えを伝える書だ。
(文芸春秋・2090円)
1969年生まれ。ノンフィクション作家。『女帝 小池百合子』で大宅賞。

◆もう1冊

緒方正人著『チッソは私であった 水俣病の思想』(河出文庫)

関連キーワード


おすすめ情報