週のはじめに考える ロバートはいないから

2021年10月10日 07時34分
 黒人の天才ピアニストが白人の運転手とともに米国南部まで演奏旅行に行く−そんな映画「グリーンブック」をご覧になった方も多いでしょう。
 一九六二年が舞台なので、南部では人種差別が色濃く残っています。こんなシーンがありました。

◆「禁止の貼り紙」あるが

 警官が二人の車を止めます。白人の運転手はイタリア系ゆえ、警官に「半分黒人」と罵(ののし)られ、思わず殴ってしまいます。もちろん二人は警察の留置場に入れられ…。
 でも、黒人のピアニストは暴力を振るっていません。「なぜ私が?」と抗議しますが、鼻で笑われます。「弁護士と話したい。その権利を侵害するのか」−。
 日本国憲法には三一条から四〇条まで、ずらりと刑事手続きの条文が並んでいます。
 裁判を受ける権利、弁護人に依頼する権利、自白のみの処罰禁止、もちろん拷問による自白は証拠とできないことも…。
 「憲法とは過去の国家権力の失敗を列挙したもの」と明快な説明をする学者がいます。それに従えば憲法に列挙された数々の「禁止の貼り紙」は過去の暗黒時代を映し出しています。弁護士も呼べず、自白の強要が横行し、拷問が加えられた戦前の光景が…。
 「蟹(かに)工船」を書いた作家・小林多喜二が拷問死したことは知られています。雑誌編集者や新聞記者約六十人が逮捕された「横浜事件」でも、竹刀などで殴打を繰り返され、四人が獄死しています。

◆「疑わしきは」の原則に

 でも戦後は新憲法に「禁止の貼り紙」をしたのに、冤罪(えんざい)がなくならないのはなぜでしょう。
 最近でも初公判の四日前に「起訴取り消し」という前代未聞の出来事がありました。横浜市の機械製造会社「大川原化工機」の社長らが逮捕・起訴された事件です。
 警視庁公安部が事件化したのですが、容疑は「生物兵器の製造に転用可能な装置を不正輸出した」という外為法違反でした。
 「生物兵器」とはおどろおどろしい感じですが、装置とは噴霧乾燥器です。液体混合物を熱風で乾燥させ、粉にする装置で、インスタントコーヒーの製造などで広く普及しているものでした。
 もちろん「装置が規制対象でないことは明白だった」と社長側は怒り、違法捜査で損害を受けたと訴訟を起こしています。
 社長の身柄拘束は実に約十一カ月間も…。罪を認めない限り拘束が続く「人質司法」そのものです。まるで“拷問”と感じたことでしょう。逮捕された三人のうち一人は勾留中に体調を崩し、自宅療養の末に死亡しています。
 検察は「再捜査で判断を見直した。反省すべき点もあった」と述べています。このケースは「起訴取り消し」になりましたが、近年でも冤罪が絶えません。
 布川事件や東京電力女性社員殺害事件、湖東病院事件など「再審無罪」が相次ぎます。捜査も裁判も誤りだったのです。
 再審の扉すら開かないケースも多々あります。鹿児島の大崎事件では再審無罪となるべき新証拠を弁護団が出しても、最高裁がその価値を一蹴し、高裁が認めた再審を取り消してしまいました。
 そもそも本当に「殺人」なのかも怪しい事件です。被害者が自転車で側溝に転落した際の「出血性ショック死の可能性が高い」と新鑑定は述べているのですから。確定判決時の旧鑑定でも「他殺を想像させる」程度の記述でした。
 問題点は明白です。「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に反しているのです。この原則は再審請求にも当てはまるのですから…。知的障害のある人を強引に責めて「自白」に導き、主犯とされた女性の関与を認めさせる−そんな捜査手法にも問題があります。
 無罪に導きうる証拠を検察が握っていても、開示は裁判官の「さじ加減」次第−といった問題も浮かびました。刑事訴訟法の再審関連の条文が七十年以上も放置されていることも問題でしょう。
 証拠保全や証拠開示のルール化などは必須です。検察官が誠実とは限らないのですから。

◆自由への扉閉ざすな

 冒頭の黒人ピアニストは警察の留置場から出ることができました。「弁護士」への電話によって…。もっとも、その相手は当時のロバート・ケネディ司法長官。ピアニストの友人だったわけです。警官を殴った運転手まで留置場を出られたのはご愛嬌(あいきょう)でしょう。
 しかし、日本で無実を訴える人々にはそもそも電話できる「ロバート」などいません。ならば再審制度の作り直しが急務です。
 冤罪はあまりに残酷です。罪なき者の自由への扉を閉ざす司法とは、「貼り紙」前の暗黒時代と本質は同じです。

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