<東京2020>JR川口駅前 旧国立の聖火台、61年ぶり帰郷

2019年10月4日 02時00分

61年ぶりに「帰郷」し、JR川口駅前に設置される聖火台=いずれも川口市で

 川口市の鋳物職人が手掛け、一九六四年東京五輪で使われた旧国立競技場の聖火台が三日、JR川口駅前のキュポ・ラ広場に設置された。技術の粋を尽くした大会のシンボルが「帰郷」するのは六十一年ぶり。二〇二〇年東京五輪を盛り上げようと、開幕前の同年三月まで展示される。 (近藤統義)
 聖火台は高さ、最大直径とも二・一メートル、重さ推定四トン。一九五八年に日本で開かれたアジア競技大会に合わせ、川口市の鋳物師鈴木万之助さんらが作った。制作の途中で、鋳型が爆発して鉄が流れ出てしまい、失敗のショックで倒れた万之助さんは急逝。三男文吾さん(故人)らが遺志を継いで完成させ、その六年後の東京五輪でも聖火をともした。
 旧国立競技場の解体に伴って撤去され、東日本大震災の復興支援として二〇一四年から宮城、岩手、福島の被災三県を巡回。九月二十日に川口市に到着し、市内の鋳物工場で点検を受けていた。川口での展示後は、新国立競技場の東側ゲート正面に設置される。
 三日は、クレーン車でつり上げられ、覆いが取り外されると黒光りした姿を現した。多くの人が作業を見守り、同市の馬上(ばじょう)重貞さん(89)は「聖火台は鋳物の町である川口の誇り。当時の盛り上がりが懐かしい」と写真に収めた。
 六日午前九時半からは設置の記念式典があり、一時的に点火される。万之助さんの四男昭重さん、鈴木さん親子の物語に心を動かされ、聖火台磨きを続ける五輪金メダリストの室伏広治さんらが参加する。奥ノ木信夫市長は「川口の英知を集めて作られたもの。市民みんなでかわいがってほしい」と話した。

報道陣に公開された聖火台の内側。文吾さんが万之助さんにちなんで「鈴萬」(左下)と刻字した

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