熊谷の小4ひき逃げ 事件発生から10年 遺影前に解決願う

2019年10月1日 02時00分

小関孝徳君

 熊谷市で二〇〇九年九月末、小学四年生の小関孝徳君=当時(10)=が死亡した未解決のひき逃げ事件は三十日、発生から十年を迎えた。県警が適用罪名を切り替えたことで公訴時効は十年延びたものの、犯人の手掛かりは乏しいまま。母・代里子さんや地元住民、県警関係者ら約四十人は、現場近くで孝徳君の遺影を前に手を合わせ、事件の解決を願った。 (森雅貴、浅野有紀)
 代里子さんが夫と死別したのは、孝徳君が四歳の頃。「寂しい」などの弱音は吐かず、率先して家事を手伝い、母が夜間に自転車で外出する際には「ライトつけてね」と声を掛けてくれる「気遣いができて思いやりがある子」だった。
 代里子さんは事件の解決につながる情報を少しでも得ようと、発生当初から現場付近を通る車のナンバーの書き取りを続けた。同級生の保護者も協力してくれ、書き取った数は十万台分に上る。「全ては孝徳がどのような状況で亡くなったかを知るため、犯人を必ず捕まえると約束したから」
 昨年十月には、孝徳君の十歳の誕生日に贈った遺品の腕時計を県警が紛失していたことが判明。当時の担当警察官が紛失を隠そうと、証拠品の目録文書を偽造した疑いもあり、県警の捜査にも不安が募った。
 それでも、犯人逮捕を諦めず、ブログで情報提供の呼び掛けを開始。自転車や衣服といった証拠品を基に交通事故の分析をする民間会社に依頼し、独自で事故調査をするなどしてきた。
 この日、孝徳君が通っていた市立石原小学校の当時の校長だった浅見信行さん(62)は「サッカーが上手で、とても元気な子どもだった。生きていれば二十歳。残念でならず、このような事件が二度とあってはいけない」と力を込めた。
 県警の古賀康弘交通部長は「お母さんの気持ちに応え、何が何でも犯人を捕まえたい」と話した。
 代里子さんは「犯人には自首してほしいが、十年間では駄目だった。犯人を捕まえるには皆さんの情報が必要で、ささいなことでも提供をお願いします」と呼び掛けている。
 情報提供は代里子さんのブログ=「《未解決》熊谷市小4男児ひき逃げ事故!」で検索=へ。
<熊谷小4ひき逃げ事件> 2009年9月30日午後6時50分ごろ、熊谷市本石1の市道で、自転車に乗っていた小学4年生の小関孝徳君=当時(10)=が書道教室からの帰宅途中、車にはねられ死亡し、車は逃走した。目撃者がおらず、物的証拠が乏しい中で捜査は難航。道交法違反(ひき逃げ)罪の公訴時効が16年に成立し、自動車運転過失致死罪の時効も今年9月30日に迫っていたが、県警が同18日に適用罪名を、飲酒や薬物の影響で正常な運転が難しい状態や、車の制御が困難な高速走行などで人を死なせた場合に適用される危険運転致死罪に切り替え、捜査を続けている。

事件現場の近くで孝徳君の遺影に手を合わせる代里子さん=熊谷市で

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