激動の時代今の若者に 『遠き春の日々 ぼくの高校時代』 作家・三田 誠広(まさひろ)さん(73) 

2021年10月17日 07時00分
 青春、恋愛、歴史、宗教、自然科学など多彩な分野で執筆を続けてきた。古希を過ぎ、「死ぬまでに書き残すべきテーマが一つ残っていた」と、つづったのは自身の高校時代の思い出。「半世紀以上も前の話。歴史小説ですね」と笑う。
 生まれ育った大阪で高校に入学したのは、東京五輪が開かれた一九六四年。「そのころのことを思っただけで、胸が苦しくなる」ほど不安と無力感にさいなまれていた十五歳にとって、本の世界が唯一の救いだった。中学時代から海外の長編小説に親しんだが、同年代の少年が主人公のツルゲーネフの『はつ恋』は特別な作品になった。
 年上の少女に振り回され、「彼女にとって、僕って何だろう…」とつぶやく少年。芥川賞受賞作『僕って何』に通じる、作家としての出発点は、彼の独白にあったという。
 併設の高校に進学できる私立中学から、未知の世界を求めて受験した公立高校。そこでの経験はまさに、小説のようだ。『はつ恋』のヒロインと重ね合わせた、後の妻との運命的な出会い、文学を語りあえる親友との交流、命を落とした友人もいた学生運動との関わり、「神様」とあがめた文豪との対面…。
 一年時に知った埴谷雄高の作品から文学の新たな可能性を感じ、作家を目指すように。二年時に一年間休学し、兄がそろえていたヘーゲルやマルクスの全集など大量の本を読み、仏語を学び、小説を書いた。「学校の勉強をやめて読みたい本を読んだら、世界が広がった。その後の著書は、どれも休学中に蓄積した知識が役に立った」
 この間の作品『Mの世界』が雑誌『文藝』の学生小説コンクールで佳作として掲載され、文壇デビュー。その縁で復学後、同誌の編集者に「神様」の埴谷を紹介される。姉が劇団四季の女優で『カラマーゾフの兄弟』の主要人物を演じていたことから、ドストエフスキーについて話が弾み、この際のやりとりが後に、同作や『罪と罰』など四大長編の続編や新釈に取り組むことにつながった。
 終戦から二十年ほどの時期。新たな社会が模索され、高校生も国の将来を真剣に議論した。過激化する学生運動で命懸けで闘う友人たち。「拮抗(きっこう)しなければ」と小説を書き続けた。「重要な時代を生きてきたと思う。その雰囲気を今の若者にも伝えられれば」と願っている。みやび出版・一六五〇円。 (清水祐樹)

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