やさしい猫 中島京子著

2021年10月17日 07時00分

◆「家族」を遮断する法の壁
[評]水無田気流(みなした・きりう)(詩人・社会学者)

 「家族」としてともにいること。その当たり前が、法制度によって厳然と遮断されることのやりきれなさ。ヒロインのマヤは、シングルマザーで保育士の母ミユキと暮らしていた。東日本大震災の保育ボランティアに行ったミユキは、同じくボランティアに来ていた八歳年下の自動車整備士でスリランカ人のクマラ(通称クマさん)と出会う。
 二人は一年後偶然再会し恋愛関係になり、互いに結婚を意識するようになるも、クマラは失業。それでも、さまざまな問題を乗り越え婚姻届を出せたかと思った、その直後にクマラは不法在留で逮捕されてしまう。
 圧巻なのは、それまで異文化を背景にミユキとクマラのもどかしい関係が周囲の人たちの反応も含めて細やかに描写されていたのが、そこに法制度の壁が立ちはだかった瞬間、「在留期限」「退去強制」「収容」「入管法違反」といった鉄の塊のような言葉に囲まれてしまう過程だ。
 「お父さん」になったクマラが急に帰って来なくなった。そのとき、マヤの頭の中には何度もクマラが話してくれたスリランカの民話「やさしい猫」が響く。
 ベンガル菩提(ぼだい)樹の木のうろに、ねずみのお父さんと、お母さんと、子どもが三匹暮らしていた。お父さんはいつもみんなの食べ物を探しに出かけていた。だがある日、お父さんが帰って来なくなった。心配したお母さんはお父さんを探しに行き、彼が猫に食べられてしまったのを知る。子どもたちにはそれを隠して代わりに食べ物を探しに出るようになったお母さんは、同じく猫に食べられてしまう。子どもたちはお母さんを探して森をさまようと、例の猫に出会うのだが、なんとも奇妙なハッピーエンドが訪れる。
 一方、現実のマヤたち家族を取り囲む制度の壁は残酷だ。結婚の経緯も審理官に根掘り葉掘り聴かれる経緯は痛ましい。プライベートなことを秘匿できる権利は、こんなにも簡単に壊されてしまうのか。長い収容期間を経て法の言葉と感情の言葉が交差し家族が行き着いた結末は、ぜひ本編をお読みいただきたい。
(中央公論新社・2090円)
1964年生まれ。作家。2010年に『小さいおうち』で直木賞受賞。

◆もう1冊

西日本新聞社編『増補 新 移民時代 外国人労働者と共に生きる社会へ』(明石書店)

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