週のはじめに考える 通貨の未来を見据えて

2021年10月17日 07時16分
 セルビア人、チリ人、トルコ人、ナイジェリア人、ベラルーシ人、そして私。ドイツ留学中の一九九六年、語学学校に各国から来たクラスメートと旅行をしました。旅先はマインツという街。活版印刷技術を発明したグーテンベルクの博物館の見学が目的です。
 マインツ中央駅で下車後、銀行で両替しました。手持ちのマルク(当時)が少なく財布に残っていた一万円札を替えたのです。銀行から戻ると一同が「そんなことできるのか」と驚いています。円は強くてどの通貨でも簡単に両替できるとドイツ語で説明しましたが通じたかどうか謎のままです。
 金融市場は今も昔もドルが支配しています。ただ、ドルとは大きな差があるものの円は依然、ユーロと並ぶ地位を保っています。

◆ワクチン接種率に格差

 通貨同様、国力を反映しているのか、新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐためのワクチン接種率も各国間で差があります。アフリカなど一部の途上国ではわずか数%というケースもあります。
 遅れていた国内接種=写真=が進みだしたのは、菅義偉前首相が四月に訪米した際、ワクチン製造会社トップと電話会談した後です。ワクチン購入をめぐる契約交渉の中身は秘密です。ただ莫大(ばくだい)な額の支払いがドル建てで行われた可能性は高い。ドル以外なら、ドルと妥当なレートで簡単に交換できる円やユーロだったはずです。そういう通貨でなければ製薬会社は受け取らないでしょう。
 自国生産している国以外では、強い通貨を持つかドルを潤沢に保有している国がワクチンを早く大量に手に入れられます。双方ない国は交渉のテーブルにさえ着けないかもしれない。世界保健機関(WHO)は公平な分配のためCOVAX(コバックス)という枠組みを主導しているが、統計を見る限りうまく機能していません。
 コロナ禍においては通貨の価値や力がそのまま国民の命の値段を映し出している。そんな不条理な世界が広まっています。格差が生活水準だけでなく、命の領域にまで侵食している形です。
 通貨の成立は人々の信用が前提ですが、その仕組みが崩れかかっている光景を各国で目の当たりにした経験があります。
 九九年、北大西洋条約機構(NATO)による空爆を受けていたセルビアでは、ディナールの価値が急減しました。入国時に一定の両替を要求されたため渋々マルクと交換しましたが、その際、両替所の職員に「二度とマルクには戻せないよ」とからかわれ、がくぜんとしました。
 インフレが頻繁に起きるトルコではゼロが七つもついたトルコ・リラ札を見て驚きました。キルギスではオオカミが天に向かって吠(ほ)える図柄の紙幣をお釣りで受け取りました。大きさが子ども時代に好きだった人生ゲームの「紙幣」程度しかなく、どの国の通貨なのか、銀行でも両替所でも結局、分かりませんでした。

◆溶け続ける財政の土台

 自国通貨の価値が下がると国民は惨めな思いをします。一ドルが三六〇円だったころ海外に行った日本人は十分にモノが買えなかったはずです。そのレートが今も続いていたら十分なワクチンも手に入らなかったかもしれない。
 八九年から九〇年代にかけての混乱期、ロシアでは外国製たばこの価値が上がり、「マルボロ本位制」などと揶揄(やゆ)されていました。中国でもかつて二種類の通貨が存在し、一般市民が使う人民幣は外貨と交換できませんでした。
 ドルやユーロと自由に交換できる安定した円は永遠に続くのでしょうか。海外から借金していないからといって、巨額な国債を発行しながら莫大な財政出動を続けて大丈夫でしょうか。
 野放図な財政を狙って投機家が円の売り浴びせを仕掛ける悪夢が脳裏をよぎります。もちろん悪夢が現実となる可能性は低い。日本の金融システムは安定し、投機を押し返す余力は十分ありますが、コロナ禍と向き合う中で、通貨の価値を支える財政の土台が溶け続けているのは事実です。
 約三十兆円。二〇二〇年度予算で余った額です。せっかくの予算の多くがコロナ禍で苦しむ人々に回らなかった証拠です。
 今回の衆院選は、限りある財源をどう有効に使うのか、考え直す絶好の機会です。将来、万が一国の信用が崩れて通貨に波及したら、若い世代や子どもたちが被害を受ける。そんな当たり前の事実を反すうしながら、投票しようと考えています。

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