エスカレーター 歩かない考 右側立つ人には事情が

2021年10月18日 07時03分

JR東京駅のエスカレーターで、難病の藤原佳世さん(右)を支えるように隣後方に立つ夫の康裕さん

 エスカレーターで歩く人のために片側を空けるのは、本当に常識? ルール? 埼玉県で今月、全国で初めてエスカレーターを歩かないよう努力義務を課す条例が施行されたのを機に、一度立ち止まって考えてみたい。

さちみりほさん

 「病気、けが、障害で右側にしか立てない人もいる。歩かない人が左側に立つことはルールでもマナーでもない」。都内在住の漫画家さちみりほさんは、こう考え、二年前から右側に立ち続けている。
 「はいはい、どいて」「ここ、立つところじゃないよ」。後ろの人から、こんな言葉を掛けられた。傘でつつかれたこともあるという。
 今は収まったが、二〇一八年に神経が圧迫されて痛みやしびれを感じる「モートン病」を発症。痛む右足を守るため、できる限り右側に立つようになった。
 それ以前にも、右の鎖骨を骨折したおばを守るため、並んで乗っていたら、男性に間を擦り抜けられ、転落しそうになったことも。さちみさんは、こういった体験を漫画にし、ツイッターで発信している。

エスカレーターで右側に立つさちみりほさん

 必ず右側に立つことにしたのは、友人の藤原佳世さん(57)=杉並区=に聞いた話が決め手。藤原さんは少しの衝撃でも激痛が走る神経疾患「複合性局所疼痛(とうつう)症候群」のため、腕を三角巾でつってけが人を装い、ぶつかられないよう自衛している。
 鉄道会社は歩かず手すりを持って乗るよう呼び掛けていて、さちみさんのツイッターにも賛同が集まっているが、まだ、町中で右に立っている人を見掛けたことはない。「右に立つのは勇気がいる。後ろの人から『圧』を感じると肩が痛そうなふりをしたり、右足が痛そうなふりをすることもある。こんなことをしなくても良くなるといいですね」

さちみりほさんが自身の経験を描いた漫画

ジグザグ乗りも呼び掛けている=いずれも©さちみりほ

◆「ジグザグ乗り」提唱

 「片側空け」に代わる乗り方「ジグザグ乗り」を、文京学院大の新田都志子教授が提案している。一段空けて左右交互に立てば「安全で、しかも密を避けられる」という。
 新田教授の専門はマーケティング。「エスカレーター前の渋滞を解消したい」と研究に取り組み、歩いても短縮時間は三十メートルのエスカレーターで、たった十数秒だと知った。
 「両側乗り」を促すため、ステップの両側に足形のシールを張ることを考案した。「森ビル」の協力で六本木ヒルズに試験導入したところ、歩く人が二割から一割に半減するなど一定の効果を確認した。
 しかし、コロナ禍で密を避ける必要から「両側乗り」は勧めにくくなった。そこで考えたのが「ジグザグ乗り」だ。
 JR海浜幕張駅の駅前広場などでジグザグ乗りが導入された。研究に共感したビル設備管理大手「日立ビルシステム」(千代田区)も、鉄道事業者や自治体などに導入を働き掛けるという。
 新田教授は「コロナで間隔を空けたい人が増え、片側空けの輸送効率は一段と悪くなっている。危険を顧みず最初に海に飛び込む『ファーストペンギン』のように右に立つ人が現れれば、付いていく人は多いと思う」と話す。

■片側を空ける慣習 いつから?

 エスカレーターの歴史に詳しい江戸川大の斗鬼(とき)正一名誉教授によると、「片側空け」を世界で最初に呼び掛けたのは1944年の英国ロンドンの地下鉄。国内では、67年ごろに関西の鉄道会社が「急ぐ方のため左側をお空けください」と呼び掛けたのが始まり。東京では89年ごろ、自然発生的に始まったという。
 斗鬼氏は「ロンドンは戦時中、関西は高度成長期、東京はバブル経済ただ中。いずれも効率最優先の時代だった」と指摘。「現代は多様性や安全が重視される時代。『片側空け』は前世紀の遺物と気づくのが、なくす一歩になると思う」と話した。

■「乗り方不良」が事故を誘発

 日本エレベーター協会によると、2018〜19年のエスカレーター事故は全国で1550件あり、このうち手すりを持っていなかったり、歩行中につまずいたりして転倒する「乗り方不良」が805件だった。
 文・加藤益丈/写真・内山田正夫 

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