<社説>衆院選の公示を前に 官僚たちの「熱」よ再び  

2021年10月18日 07時30分
 権力のためなら国民も欺く−。いわゆる「官邸一強」の極端な政治が続きました。ゆがんだ民主主義の姿勢をここで正せるか。その岐路でもあります。
 衆院選の先に私たちが見据えるのは、一強政治で骨抜きになった官僚機構の再建です。コロナ禍とその後の難局を乗り切るために不可欠な礎となるからです。
 ただ、一強政治が加速したここ何年か、若者の「霞が関離れ」も急加速しました。中央官庁を目指す学生らが減り、若手官僚の退職が増えています。
 先細る官僚機構に再び「国民のために」働く熱気と活力を呼び戻すには何が必要か。二人の財務省職員が残した教示に学びます。
 一人目。一強政治とのえにしをたどれば、この人です。

◆責任感と人間力の備え

 「私の雇い主は日本国民。国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」
 二〇一八年三月、森友学園問題で公文書改ざんを苦に自死した元近畿財務局職員、赤木俊夫さんの口癖です。
 享年五十四。最後の手記や遺書ににじんだのは、改ざんに関与し公務員として国民の信頼を裏切ったことへの強い呵責(かしゃく)でした。
 赤木さんの妻が改ざん過程の再調査を国に求めています。調査を尽くし責任の全系統を明確にせねば「自殺に追い込まれる職員がまた出るから」と。私憤を超えた訴えが胸を打ちます。
 犠牲者がまた出ぬように、健全な官僚機構に立て直さねばなりません。赤木さんも願った通り、官僚たちが国民と向き合い責任を果たせる組織への再建です。
 赤木さんの公僕たる備えが「責任感」だとすれば、この人は「人間力」でしょうか。
 二人目は元財務事務次官の香川俊介さん。一二年の「社会保障と税の一体改革」で三党合意を支えた人です。後年は度重なる闘病の末、次官退任直後の一五年八月、非運の最期でした。
 享年五十八。その秋、お別れの会には千五百人もの弔問者が列をなしました。この広大な人脈を紡ぐ「人間力」の所以(ゆえん)が、有志の追悼文集『正義とユーモア』(非市販)の巻頭に出てきます。長年の親友で文集をまとめた神蔵孝之イマジニア会長の執筆です。
 父親が病に倒れ家計もままならぬ中。香川さんは大学入試の日も早起きし、妹と自分の弁当を作ってから受験に向かったそうです。
 こうして若いころ味わった「人生の辛(つら)さ、厳しさ」が後に秀でた人間力の素地になったと、神蔵氏は見立てます。国民の苦楽を肌で知るからこそ、手だれの政治家をも心底説得できる力です。
 そういえば、追悼文の寄稿者には意外な名前もありました。当時官房長官の菅義偉氏。政権が消費税率引き上げの延期を模索していた一四年秋。菅氏は、延期回避に動く香川さんを官邸に呼び、交わしたやりとりを明かしています。
 「おまえが動くと政局になるから困る。諦めてくれ」と頼んだが、香川さんは「決まるまではやらせてください」と諦めなかった。消費税は結局、衆議院解散の政局となり増税延期で決着しました。

◆忖度を解き国民本位へ

 あの菅氏が「いつも『捨て身』で向かってくる香川は手ごわかった」と一目置く人間力。共に有力な政治家と官僚の親交が以後も続いていたら、日本の行政の景色も変わっていたでしょうか。
 運命はしかし、二人を分かちました。菅氏はその後、一強政治下で官僚への一方的支配に傾斜。官僚たちは組織を守るための忖度(そんたく)などに走り、国民を守る責任感も人間力もおよそ眼中にない。
 無策の行政はコロナ禍で、国民の命さえ守り切れず、ついには菅政権の終幕を引く運命でした。
 結局、一から出直しです。この危機にあって私たちがいま立ち返る原点は、行政の民主主義です。要となる官僚機構に、働く人々の熱気と、有為の若者を引き込む活力を呼び戻したい。
 けれども、その官僚機構に再建の魂を吹き込むのは、やはり政治家でしかありえません。政治家がまず権力一辺倒の殻を脱ぎ、官僚を忖度などの束縛から解き放つ。官僚と国民本位で肩を組み、この難局を乗り切る気概は、むしろ政治家から示すべきでしょう。
 あす公示です。衆院選ではその気概に富む政治を選び抜かねばなりません。私たちの民主主義を正すのは、主権者の私たちにしか果たせぬ使命だからです。

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