学徒出陣で徴兵された98歳の男性の投稿、他界3日後に新聞掲載 「親友を戦争で失った」

2021年10月19日 05時50分
 慶応大在学中に「学徒出陣」で徴兵された男性の非戦を訴える投稿が8月11日、本紙朝刊の「発言」欄に掲載された。男性は掲載の3日前、98歳で亡くなっていた。1943年、明治神宮外苑競技場(現・国立競技場)で、学徒兵らを集めた壮行会が開かれてから、21日で78年。男性がしたためた文字通りの「遺言」に、遺族は「若い世代に同じ思いをさせてはいけない、と強く願って書いたのだと思う」と語った。(小松田健一)

出征前に開かれた家族や友人との壮行会で笑顔を見せる神代忠男さん(後列右端)=中村千砂子さん提供

穏やかな表情でひ孫をだっこする神代忠男さん=中村千砂子さん提供(今年5月撮影)

◆「戦争はいけません」繰り返す

 男性は東京都港区の神代こうしろ忠男さん。本紙で戦後76年を迎えるにあたり掲載したテーマ投稿「戦後76年 平和をつなぐ」に応募。400字詰め原稿用紙1枚に手書きで記し、日付は7月16日だった。
 自身は内地勤務で生き残ったが、親友らを失ったことを振り返り「人間には寿命を全うする権利があります」とつづった。「戦争はいけません!」との文は3回書かれ、非戦への強い思いがにじんでいる。

「戦争はいけません」と書かれた神代忠男さんの原稿=東京都千代田区で

2021年8月11日付本紙発言欄に掲載された神代忠男さんの投稿

◆語り部として戦争体験伝える

 2015年、記者が取材した際、43年の壮行会は「『東条英機首相の話を聞いても仕方がない』と欠席し、2人の友人と東京・有楽町で日劇ダンスショーを見た」と語っていた。また、出征前にコーヒーで乾杯して再会を誓い合った親友が、ビルマ(現ミャンマー)で戦死したことを悲しんでいた。
 戦後は会社勤めを経て、合成皮革製品を扱う会社を起こした。大学同期の同窓会のまとめ役を務め、経営の一線から退いた後は語り部として、戦争体験の講演などを精力的に続けた。
 長女の中村千砂子ちさこさん(70)によると、晩年はテレビドラマや映画観賞、読書を楽しむなど多趣味で、健康に過ごしていた。しかし8月7日、1人暮らしのマンションで倒れているのを管理人が発見。病院に運ばれたが、8日に死去した。
 中村さんは「家庭では楽しい父親で、残された者の使命として語り部をしていた。亡くなってから投稿の掲載紙が届き、大変驚いた。もし存命だったら喜んで周囲の人に記事を配ったのでは」と亡父をしのんだ。
 学徒出陣を研究する都倉武之・慶応大福沢研究センター准教授は、神代さんと10年あまりの交流があった。語り部の代表的な存在として、学生の前で10回以上、当時の話をしてもらったという。「内地勤務ならではの日常で起きる戦争の実相をありありと語ってくれた。後の世代がどう伝えていくかが宿題だ」と話した。
 

学徒出陣 太平洋戦争の長期化に伴う兵力不足を補うため、1943年に20歳以上の文科系大学生と旧制専門学校生の徴兵猶予を停止した措置。最新の研究では、同年時点で約6万人の学生が徴兵された。多くは将校や下士官に任じられ、前線部隊の下級指揮官として激戦地へ送られた。特攻隊に加わった人も少なくなかった。政府や大学の資料が戦災で焼失したり、戦後に廃棄されたりしたため、戦死者数など詳細はなお不明な点が多い。

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