【詳報・第9回】久保木被告 出会い系サイトを利用「男性に褒められるのがうれしくて」 3人点滴中毒死

2021年10月20日 16時43分
 横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院・休診中)で2016年に起きた点滴連続中毒死事件で、入院患者3人の点滴に消毒液を混入し、殺害した罪などに問われた元看護師久保木愛弓被告(34)の裁判員裁判の第9回公判が20日午前10時から、横浜地裁(家令和典裁判長)で開かれる。臨床心理士が証人として出廷し、久保木被告の情状に関わる証言をするほか、久保木被告への質問がある。

旧大口病院の点滴連続中毒死事件 起訴状によると、久保木被告は2016年9月15~19日ごろ、いずれも入院患者の興津朝江さん=当時(78)=と西川惣蔵さん=同(88)、八巻信雄さん=同(88)=の点滴に消毒液を混入して同16~20日ごろに殺害し、さらに殺害目的で同18~19日ごろ、点滴袋5個に消毒液を入れたとされる。

事件発生後の大口病院

被告と11回の面接

 久保木被告はグレーのスーツで出廷。落ち着いた様子で弁護人の横の椅子に座った。証人として駒沢女子大の須藤明教授が出廷し、まずは意見書の朗読を始めた。
 須藤氏は、犯罪心理学の専門家で臨床心理士などの資格を持つ。これまで裁判所、弁護人からの依頼を受けて鑑定を行っており、今回で22回目。今回は弁護人から依頼を受けたという。精神鑑定の結果とは異なり、心理的な側面から被告人の性格などを分析したという。
 須藤氏は、①被告人、両親の面接②被告人への心理検査を行ったほか、被告人の供述証書、田村由江医師の精神鑑定結果、岩波明医師の精神鑑定結果を参考に分析。久保木被告に対しては、11回計955分の面接を実施したという。

授業参観嫌だった

 家庭状況や生育歴、犯行の動機、当時の心境、最後にその他と説明していきます。
 まず家庭環境と生育歴です。被告人は1987(昭和62)年1月7日福島県で誕生。2070㌘で小さかったようです。歩き始めは1歳2ヶ月と少し遅い。大きな病気をすることなく育った。
 小6まで茨城のアパートで育った。幼稚園時代は「1人でいるときが多かった」と述べているがアパートの子どもたちと遊ぶことがあった。「片付けができない」と母親にしかられることが多かったと話している。
 小学校時代の成績は真ん中ぐらい。欠席もなくまじめに取り組んでいた。友人は多くなく1人でいることが多かった。「積極的になった方がいい」と母親によくしかられていた。「授業参観が嫌でしょうがなかった」と言っている。休み時間で1人でいるところを母親に見られたら、後でしかられると。父親は2~6年まで海外に単身赴任していた。

作文コンクール入賞、実力で選ばれたわけではなく…

 小6で神奈川に引っ越し、中学校は神奈川の中学に進学。3年間成績は真ん中だった。友人は少ないものの、話ができる人も数人いて修学旅行も楽しめていた。本人に取って一番良かった時期は中学校を挙げている。3年時、作文コンクールで入賞して喜んでいたが、担任から「普段目立たない人を選んだ」と告げられ、逆に傷ついたと。周囲からほめられることは少なく、喜んでいたが自分の実力で選ばれたわけではないと知ってしまったから。
 高校でもほとんど友人はできなかった。入学してしばらくするとグループができ、入りそびれてしまった。勉強面は一生懸命でそれなりの成績だった。進路は母親のすすめで、看護師になることを選んだ。
 専門学校でも友人は全くできなかった。2年で寮に入ったが、生活費は病院から借りていた。現地実習はうまくできていなかった。具体的には患者とうまくコミュニケーションが取れない。観察記録が書けない。これは紋切り型のものはできるけど、患者の状況に応じたものができず、しばしば指導を受けた。そういうストレスがあったためか過食になった。

出会い系サイト利用「褒められるのがうれしくて」

 2008年に病院に就職。回復期のリハビリ病棟に配属になった。あらかじめ決められた手順をこなすことはできるが、臨機応変な対応を求められると、「混乱する」とも話していた。いざ仕事についても、なかなかうまくできず、寮の壁をけって穴をあけたり、出会い系サイトで男性に会うこともあった。男性と会うと褒められるのがうれしくて、そういうのを利用していた。
 障害者の病棟に移ると、点滴のルートをとるのに手間取り、患者の家族になじられた。本人にとって辛い体験だった。老人ホームに異動後、夜勤中に患者さんが亡くなった。本人ではなく、同僚が家族になじられるのをみて精神的にショックを受けた。同僚の姿をみて、精神的に追い込まれた。自分だったらどうしようと体調を崩した。
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