動物の絵 日本とヨーロッパ 上野動物園園長・福田豊氏に聞く

2021年10月23日 07時26分
 「動物の絵 日本とヨーロッパ」展(東京新聞など主催)が、東京の府中市美術館で、11月28日まで開催されている。本展は、日本とヨーロッパそれぞれの動物画を展覧し、比較することによって、各地域における人と動物との関わりや、価値観の違いを浮き彫りにする内容だ。本展に際して、上野動物園園長の福田豊氏に、動物と接するプロとして出品作のどのような点に着目したか、また国や地域による動物観の同異について、自身の経験を踏まえて語ってもらった。 (聞き手=府中市美術館学芸員・音ゆみ子)
 音ゆみ子(以下音) 本展の出品作の中で、特に興味深い作品はありましたか?
 福田豊(以下福田) サーフェリーの《神の救済に感謝するノア》=写真<1>=です。ドードーが描かれているんですね。驚いて、思わず画面に触りそうになってしまいました(笑)。

<1> ルーラント・サーフェリー《神の救済に感謝するノア》1625年 ランス美術館 ©Reims, Musee des Beaux−Arts−photo Christian Devleeschauwer

 音 右下の方にひっそりと。
 福田 ドードーはご存じの通り絶滅種です。この絵が描かれたのが一六二五年。ドードーがモーリシャスで「発見」され、ヨーロッパに紹介されたのが一五九八年。そして、一六八三年には絶滅してしまう。人類はこの飛べない鳥を見つけて、食料にして、わずか百年足らずで絶滅させてしまうわけですが、その間に、この絵が描かれている。インターネットなどない当時、この画家はどうやってドードーを知って、描き留めたのか…それを考えるだけで非常に面白いです。
 音 サーフェリーは、神聖ローマ帝国の宮廷画家でした。ルドルフ二世は世界中の珍獣・珍生物を蒐集(しゅうしゅう)しており、中にはドードーもいたと言われています。そして、そのコレクションをモデルに、あらゆる動物が集うエデンの園の光景を画家に描かせていたんです。何から何まで集めるというのは、とてもヨーロッパ的な発想ですよね。
 福田 動物園もヨーロッパが始まりです。オーストリアのシェーンブルン宮殿に今もあるシェーンブルン動物園が世界初の動物園ですから。
 音 ヨーロッパでは、人間をあらゆる動物の頂点に置くキリスト教の教えがあるので、動物は支配の対象だったんですね。今回の展覧会の重要なテーマの一つに「動物の命と心」がありますが、ヨーロッパでは人間と動物が明確に区別されてきたのに対して、日本では古来、動物にも人と同じような心がある、と考えられてきました。
 福田 日本は島国なので、野生生物による被害が大陸と比べると小さかったのではないかと思います。ニホンオオカミのような肉食獣もいましたが、ヨーロッパのオオカミははるかに大型です。オオカミに似た謎の野生生物「ジェヴォーダンの獣」が百人もの人間を殺したという十八世紀フランスの怪事件がありますが、それほど、野生生物はヨーロッパ人にとっての脅威だったのです。
 音 一方、日本では、比較的穏やかな自然環境の中で、動物を尊ぶ文化が育ってきた。 
 福田 日本の国土はわずか三十七万平方キロ。地球全体から見れば非常に小さい国です。けれども、生物多様性という点では「ホットスポット」と呼ばれる地域の一つ。世界的にも珍しいほど、自然の豊かな国なんです。だから、自然は脅威と同時に恵みをもたらすものでもあったのです。そんな中で、日本人はそこにいる生き物をさまざまな目で見てきたのだろうと思います。
 音 《春日鹿曼荼羅(まんだら)図》=同<2>=は日本人の動物観を語る上で、象徴的な作品ですね。

<2> 《春日鹿曼荼羅図》鎌倉時代(14世紀) 奈良国立博物館 重要文化財[26日~11月14日の展示]

 福田 白い鹿は実際、まれに発生するのですが、自然の中でもし真っ白な鹿に遭遇したら、本当に「神の使い」に見えるだろうと思います。
 音 実は、この展覧会を構想して真っ先に《春日鹿曼荼羅図》と一緒に、ギュスターヴ・モローの《一角獣》を並べてみたいと考えました。日本とヨーロッパ、文化や宗教の違いはあれど、一個の人間として動物に対したときに共通して湧き起こる、原初的な感情もあるのではないかと思ったからです。福田さんは、世界各国の動物園関係者と交流される機会も多いと思いますが、動物への思い、という点で、地域ごとの違いを感じることはありますか?
 福田 国や地域が違っても、動物への基本的な姿勢において大きな違和感を感じたことはあまりありません。
 音 福田さんは以前、動物園の園長という職について、「動物好きなだけでは務まらないが、動物好きでなければ務まらない」と書かれていましたね。歴史的・文化的な動物観の違いはあっても、動物好きという気持ちは同じ、ということでしょうか? 
 福田 その点は間違いありません。自分も含めて皆同じオタクですね(笑)。私は今でも、園長室から見える木にチョウチョや鳥が来たりすると、ついつい仕事を忘れてしまいます。この前もアサギマダラが来て、吸い込まれるように見入ってしまいました。そういう生き物好きの視点から見ると、伊藤若冲(じゃくちゅう)の作品は、とても興味深いと思います。
 音 確かに、若冲は生き物ばかり描いています。
 福田 《河豚と蛙の相撲図》=同<3>=は、特に気に入った作品です。フグは魚類でカエルは両生類。一方は水の中、もう一方は半分水の中で半分陸。それが相撲をとっているというところが、すごく面白いですし、目つきなども、真剣味を感じさせますよね。

<3> 伊藤若冲《河豚と蛙の相撲図》 江戸時代中期(18世紀後半) 京都国立博物館[26日からの展示]

 音 なぜこの組み合わせなのか、想像もふくらみます。
 福田 フグにはテトロドトキシンという毒がありますが、カエルも有毒生物です。若冲はそんなことも知っていて、どちらの毒が強いのかを問いかけたり、あるいは、毒を持って毒を制すといった考えを、しゃれのように表そうとしたのでは、と思いました。
 音 若冲は、ニワトリをたくさん飼っていたそうです。
 福田 若冲の絵を見ると、「自分と同じ目で生き物を見ていた人が江戸時代にいたんだ!」と、共感のようなものを感じます。生き物への思いが高じて、私は動物園の職員になり、絵が得意な若冲は画家になったのだろうか、と楽しい想像を巡らせました。
 音 入り口は同じ、動物愛というわけですね。
 1959年、東京生まれ。84年、東京都の職員となり、葛西臨海水族園長、多摩動物公園長を経て、2017年4月より現職。獣医師、博士(学術)。日本動物園水族館協会会長、日本博物館協会理事、国立科学博物館評議員など。

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