始皇帝の地下宮殿 隠された埋蔵品の真相 鶴間和幸著

2021年10月24日 07時00分

◆未発掘の棺 『史記』の先へ
[評]藤田勝久(かつひさ)(愛媛大名誉教授)

 始皇帝陵の墳丘は西安市の東にある。一九七四年に兵馬俑(へいばよう)の軍隊が発見されると、多くの注目を集めてきた。発掘された文物の展覧会は日本でも開催され、著者も『始皇帝陵と兵馬俑』(講談社学術文庫)で紹介した。本書は、これとはひと味ちがい、目に見えない地下宮殿の内部を探ろうとする。
 司馬遷の『史記』は、始皇帝を埋葬するとき、地下宮殿に棺を納める椁室(かくしつ)を作り、そこに宮中で珍重された器物を満たしたという。そして埋葬が終わると、陵墓の内部の真相を秘密にした。秦の滅亡では、項羽が陵墓の財物を奪ったともいわれる。この伝えは、どこまで本当だろうか。
 この地下宮殿の復元は、これまで著者もCGやイラストで監修してきたが不十分であった。最新の発掘をしないリモートセンシングの調査では、椁室が置かれた空間が確認され、地下宮殿は存在するとわかった。しかし始皇帝陵は未発掘で、しばらくは発掘される予定もない。この見えない内部の構造と埋蔵品を、どのように復元するのか。著者は、すでに発掘された陵墓周辺の陪葬坑(ばいそうこう)と、各地の墓葬の情報データをもとに推理した。その図版が多いのも、わかりやすい。
 陵墓周辺の陪葬坑から出土した物品は、兵馬俑のように大きなものがあり、地下宮殿に収める埋蔵品とは別のものとする。各地の墓葬では、それぞれの身分による物品のほか、まれに竹簡(ちくかん)・絹布に書かれた書物があった。著者は、地下宮殿にも書物を収蔵したのではないかと推測する。また漢代の諸侯王の墓は、その構造が参考となり、秦兵馬俑より小さい兵馬俑もある。その説明は、中国古代の遺跡と出土資料の概説ともなっている。この情報を手がかりとして、地下宮殿の内部の様子を描いてゆく。
 本書を読んで感じるのは、死後の世界への思いである。墓の中に何を収めるかは、時代や身分と、古代の人びとの死生観によって違うだろう。始皇帝は、どのような世界を望んだのだろうか。こうした想像をさせる一冊である。
(山川出版社・1760円)
1950年生まれ。文学博士。専攻は中国古代史。著書『人間・始皇帝』など。

◆もう1冊

中国出土資料学会編『地下からの贈り物 新出土資料が語るいにしえの中国』(東方選書)

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