ウイスキー・ウーマン フレッド・ミニック著

2021年10月24日 07時00分

◆蒸留業発展の陰に苦闘の数々
[評]杉本真維子(詩人)

 古代メソポタミアから二十一世紀の現代に至るまで、男性中心の酒の歴史に埋もれた女性たちの功績。それを掘り起こす本書は、ウイスキーを守ることで人間を守った女性たちの姿をまぶしく浮かび上がらせる。
 「女性たちは最初の蒸留者だったのです」。二〇一一年、バーボン・ウィメンの設立集会で創立者のスティーヴンスは言った。そのとおり初期の蒸留物「アクアヴィタエ」(命の水の意)は各家庭で女性たちによって作られ、日常の飲み物や治療薬に使われていた。
 しかし、近代化の流れのなかでその手から奪われ、ヨーロッパではアクアヴィタエを作る女性は「魔女」と結び付けられた。アイルランドの徴税人は女性の蒸留業者を目の敵にした。女性たちは貧困のために酒の密造や密売に関わり、ウイスキーの歴史の一部であり続けた。
 厖大(ぼうだい)な数の女性が登場するなか、蒸留業が巨大産業へと成長を遂げる「種」を撒(ま)いた人物がとりわけ際立つ。たとえば、禁酒法下での子どもの道徳心の低下を重く受け止め、禁酒法廃止論者に転向したポーリン・セービン。第二次世界大戦の戦禍から蒸留所を守り抜き、アメリカにおけるシングルモルトの確立に貢献したベシー・ウイリアムソン。
 メーカーズマークの赤い蝋封(ろうふう)を考案したマージ・サミュエルスも驚くべき人物だ。彼女はウイスキーがただ酔うためのものでしかなかった時代にそれを酒ではなく工芸品と捉え、瓶の美しさを追求した。ヴィクトリア調の外観を持つ古い蒸留所をあえて再利用し、ウイスキーのイメージに歴史性と物語性の付加価値を与えた。
 こうした女性たちの活躍にもかかわらず、現在人気のウイスキーには男性の名前を冠した銘柄が多い。ジャックダニエル、ジムビーム、ジョニーウォーカー。女性の名前がない、と憤慨する代わりに読後こんな呟(つぶや)きが漏れる。“次はどの女性の名前にしようか”−。不思議とおおらかな読後感のなかに、性差別を超え、新たな時代へと進む私たちのたしかな一歩が滲(にじ)むようだ。
(浜本隆三、藤原崇訳、明石書店・2970円)
1978年生まれ。米の作家・ウイスキー評論家。酒の歴史に関する著書多数。

◆もう1冊

山田真由美著『女将(おかみ)さん酒場』(ちくま文庫)。新しい女将さんをルポ。

関連キーワード


おすすめ情報