日本の財政は大丈夫か? 富田光・論説委員が聞く

2021年10月26日 07時31分
 総選挙のテーマとしてさらなる財政出動や減税が浮上しています。コロナ禍で深く傷ついた暮らしを立て直すには追加的な対策は必要不可欠です。しかし一方で財政状況は確実に悪化しています。日本経済の現状と未来に向けた再生への処方箋について、元財務省財務官で国際通貨研究所理事長の渡辺博史さんと考えました。

<基礎的財政収支(プライマリーバランス)> 利払いや償還に充てる国債費を除く歳出から、税金など国の収入を差し引いた額。国の政策を実行するための経費を税金で賄えるかどうか示す指標で、赤字状態が続いている。国は2025年度の黒字化を目標にしているが、コロナ対応があったとはいえ20年度の収支は約56兆円の赤字で、目標達成は困難な状況だ。

◆打つべき対策 期間決め 元財務省財務官・国際通貨研究所理事長 渡辺博史さん

 富田 財政のあり方について改めて強い関心が寄せられています。コロナ禍で莫大(ばくだい)な予算を拠出している中、「バラマキではないか」という批判も噴出しています。ずばり日本の財政は大丈夫なのですか?
 渡辺 常に健全財政をうたっている国際通貨基金(IMF)でさえ「金を使ってくれ」と各国に言っています。コロナ禍で経済が疲弊しているのに金を出し渋っていると、そのマイナス効果が実態以上に出てしまう。だから今、お金を出すのは間違いではありません。
 大事なのは打つべき対策を時間を限って行うことです。期間を決めないと未来の日本がどうなってもいいということになります。それは無責任です。
 富田 確かに近未来を考えると財政破綻の悪夢が脳裏をよぎります。ただワクチン接種率が上がり、処方薬も開発されれば収束の見通しが立ちます。その時が財政政策転換のタイミングだと思いますがその時まで何をすべきでしょうか。
 渡辺 予算は意味のある使い方をしなければなりません。何に使ったらいいのかしっかり吟味することが大切です。しかし、これまでは何に使うか分からないがとりあえずお金を出せよというありさまで、使途の指示があいまいだった。
 財政出動のメニューの中には枠だけの見せ掛け予算もあります。だから規模だけ膨らんでしまう。必要な予算といらない予算を区別すべきなのですが、それができていません。何のために使うかという説明もありませんでした。
 安倍、菅両政権を振り返ると、感染対策より経済の方にウエートを置きすぎたと思います。今現在は医療体制の構築が最優先です。これには何兆円使ってもいいでしょう。野戦病院型の施設をつくるなど、医療へのアクセスを改善する必要があります。ワクチンだけに頼っていてはだめです。
 富田 感染した場合、自宅にいたまま医療機関に行けず見捨てられるのではと一時、多くの国民が感じました。最優先すべき命について軽んじたことは失政だと感じます。ただ感染者が減ってきて暮らしへの関心が再び強くなってきました。総選挙の争点も感染対策より経済です。GoTo事業再開を求める声も出ています。
 渡辺 全体として支援する必要がない金持ちにお金が回った一年間でした。
 GoToトラベルにしても補助という形でお金をもらえるわけだから、誰だって今まで行けなかった高い宿に泊まりたくなる。その結果、本当に助けてほしかった宿泊施設にはお金が回りませんでした。感染の増加時に実施するなどタイミングも悪かったと思います。将来、悪い経済対策として教科書に使われるかもしれません。
 十万円の現金給付も預貯金に回ったり、高額な時計や宝石が売れたりと効果は少なかった。ただ本当に給付が必要な人とそうでない人の区別をするのは確かに難しいです。
 配ったこと自体はいい。その後、給付の必要がない富裕層に回った分は年末に所得税で回収すればよかったのです。その仕組みをつくる知恵を官僚たちは持っているはずなのですが。デジタル技術の整備が遅れていたから給付が遅れたというのは官僚の逃げ口上です。
 富田 GoToにはご指摘のようにかなりの不公平がありました。ただ意味がなかったとは思えません。「助かった」という声を観光関連業者や飲食店から聞いています。さてGoToを含め財政圧力は再び強まっています。将来を見据えると重ねて心配です。基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を凍結せよという政治家まで出てきました。このままいくと最悪の場合どんなことが起きるのでしょう。
 渡辺 もちろん最悪のシナリオは長期金利が急騰して国債の価値が暴落することです。だが、国の価値が損なわれる事態は幸いなことにまだ起きていません。危機を再三指摘する財務省は「おおかみ少年」と思われているのかもしれません。
 ただ日本が自力で立っている力を失いつつあるのは事実なのです。健康そうに見えますが実は弱っています。このままならいいですが、不測の事態が起きた際に立ち向かう力が残っていない。無防備の状態に近いと考えています。
 日本は税制でお金持ちからお金を取って再配分することに成功した数少ない国です。しかし残念ながらお金持ちは対象者が少ない。お金持ちから取るだけでは間に合いません。だから自民党と財務省が悪者になって消費税を入れました。ただ今は自民党が悪者の役から降りようとしています。
 富田 企業が稼いだ金を内部留保でため込むから賃金が上がらないという指摘があります。総選挙でも賃上げをした企業に税制で優遇するという公約も出ています。
 渡辺 賃上げの見返りに法人税を下げるのは賛成できません。世界が格差是正に向けて法人税をむやみに下げないよう努力しているときに、そのやり方では方向感が間違っています。
 やるなら何らかの控除を広げる、つまり課税対象を少なくしてそれを賃上げの動機づけにするほうが現実的でしょう。そもそも法人税の場合、賢く節税している企業もあるわけで実効性に疑問符が付きます。
 企業が内部留保をためるのは魅力的な投資先が見つからないからです。何をしていいかわからないから設備投資もできません。賃金は労使が決めるものです。労働側が弱くなりすぎ政府が賃上げを求めるというゆがんだ状態になっています。国の役割はこれから何で稼げるのか一緒に考えたり環境を整えたりすることです。
 富田 米国が金融緩和を縮小し、やがて金利自体を上げる方向を出しています。そうなれば急激な円安など新たな課題が起きます。日本は大規模緩和から脱出できるのですか。
 渡辺 米国が金利を上げれば日本だけでなくアジアから資金が流れていきます。このままだと、じわっと円の価値が下がり日本企業はおいしい部分だけ外国資本に買われて、解体されるケースがでるかもしれません。
 その中で政治家と官僚がまともな議論をしないまま物事を決め、ばらまき政策だけが行われています。アベノミクスの効果は最初の二年以降消えました。その後は金融緩和だけ続けている。まずは議論を収斂(しゅうれん)させる力を取り戻すことです。そしてこの金融政策からの脱出を図るシナリオをつくり実行に備えるしかありません。

<わたなべ・ひろし> 1949年、東京都生まれ。東京大法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。税制に長く携わった後、国際局長などを経て対外向けの次官ポストである財務官を務め国際金融の舞台で活躍した。退官後、一橋大大学院教授、国際協力銀行総裁などを歴任して現職。


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