韓国・盧泰愚元大統領が死去 「民主化宣言」で軍事政権に終止符 市民弾圧などで退任後に服役も

2021年10月26日 22時28分
 【ソウル=相坂穣】韓国の盧泰愚(ノ・テウ)元大統領が26日、持病悪化のためソウル市内の病院で死去した。88歳だった。1987年に与党代表として「民主化宣言」を行い、大統領直接選挙を導入し軍事政権に終止符を打った。88年から大統領として韓国の国際的地位を高めたが、退任後に軍人時代の市民弾圧などの罪で服役した。

盧泰愚氏=聯合・共同

◆最後の軍人出身大統領 就任直後にソウル五輪

 大統領に就任した直後の88年9~10月のソウル五輪を成功させ、社会主義諸国との「北方外交」を展開。90年に旧ソ連、92年に中国と相次いで国交を樹立し、91年には北朝鮮と国連に同時加盟した。
 日韓関係は未来志向を模索し、90年に訪日。植民地支配について「痛惜の念を禁じ得ない」と述べられた天皇陛下(現在の上皇さま)のお言葉を評価。韓国大統領として初めて日本の国会で演説した。
 朴正熙、全斗煥両氏ら職業軍人出身の最後の大統領。後任は文民出身の金泳三氏で、盧政権は軍事政権から文民政権への橋渡し役を担った。

◆退任後は巨額収賄も発覚

 一方、93年の大統領退任後には財閥からの巨額の収賄が発覚。全斗煥政権をつくった粛軍クーデター(79年)や、デモ隊を流血鎮圧した光州事件(80年)で、軍人時代の反乱、内乱罪を問われて懲役刑を受けたが、97年に特赦で釈放された。
 韓国南東部の大邱で32年に生まれ、6歳で父親を失い貧しい家庭に育った。陸軍士官学校で同期の全斗煥氏と知り合い、全氏が大統領に就任すると、与党ナンバー2の座に就いた。
 87年に国民からの民主化要求が高まる中、与党の大統領候補になると、言論基本法を廃止し新聞、雑誌の新規発行を許可するなど、民主化措置を実施した。
 2002年に前立腺がんを手術。近年は体調を崩しがちで、肺炎などで入退院を繰り返していた。
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