白土三平さん死去 「カムイ伝」「忍者武芸帳」

2021年10月27日 07時28分
 差別や迫害と闘う人々を描いた「カムイ伝」や「忍者武芸帳」で知られる漫画家の白土三平(しらとさんぺい)(本名岡本登(おかもとのぼる))さんが八日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都の病院で死去していたことが分かった。八十九歳。東京都出身。葬儀は親族で行った。
 画家で左翼運動家の父、岡本唐貴(とうき)の影響で油絵を学び、紙芝居作家を経て一九五七年の「こがらし剣士」で漫画家としてデビュー。当初は貸本漫画を軸に執筆活動を展開し、忍者や剣客が登場する冒険活劇を次々に発表、戦国時代が舞台の長編「忍者武芸帳」で人気を確立した。
 六四年には「月刊漫画ガロ」の創刊に加わり「カムイ伝」の連載をスタート。江戸時代に身分制度の最下層で運命にあらがう主人公らの姿は、六〇年代後半の学生運動に影響を与え「唯物史観漫画」とも評された。八八年から別の漫画誌に続編「カムイ伝第二部」を執筆。「カムイ伝」シリーズは累計千五百万部以上を売り上げた。
 「サスケ」「シートン動物記」で六三年に講談社児童まんが賞。他の作品に「ワタリ」など。大島渚監督の「忍者武芸帳」、崔洋一監督の「カムイ外伝」など映画化やアニメ化でも注目を集め、アウトドア活動に関する写真エッセーも手掛けた。
 「カムイ伝」シリーズなど多くの白土作品で作画を手掛けた弟の岡本鉄二(てつじ)さんも十二日、間質性肺炎のため八十八歳で東京都の病院で死去した。

◆人間の憎悪・影描いた

<映画監督の崔洋一さんの話> 貸本で「忍者武芸帳」や「サスケ」を読んで衝撃を受けた。その後の「カムイ伝」を含め、独自の史観に基づく白土ワールドというべき作品だった。徹底して差別された者や弱者の側に立ち、人間の憎悪や影の部分を描き続けた。一方で、権力を単なる悪として描かず、プロパガンダにはならなかった。「カムイ外伝」を映画化する時に白土さんの千葉県のお宅で焼酎を酌み交わした時のことをよく覚えている。気さくな方だったが、博識でお話は実に鋭かった。本当に残念です。

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