<社説>最高裁国民審査 裁判官に自分の評価を

2021年10月27日 07時36分
 「辞めさせたい」と思う最高裁の裁判官を国民が決めるのが国民審査だ。選挙権に匹敵する国民の権利といえる。裁判ごとに裁判官がどう判断したかを知り、能動的に評価を下したい。
 最高裁裁判官の国民審査は三十一日の衆院選と同時に行われる。三権分立の仕組みで、本当に司法は適切に機能しているか。民主主義の根幹であり、私たちは常に注意を払っていたい。
 とくに最高裁は「憲法の番人」とも「人権の砦(とりで)」とも呼ばれたりする。憲法への判断、人権への配慮…、最高裁がきちんと機能しないと社会はゆがんでしまう。それを正す機会が、十八歳以上の国民による国民審査である。
 個別の裁判で、国民の納得のいく判決を出しているだろうか。裁判官個人に注目して、その是非も私たちは判断したい。選択的夫婦別姓の訴訟、衆参選挙をめぐる一票の不平等訴訟、冤罪(えんざい)が疑われる刑事事件での判断…。
 本紙を含め新聞やインターネットなどでも、各裁判官がどんな判断を下したか調べることができる。主要裁判や経歴などを紹介する「審査公報」も配布される。
 それらを手掛かりに「辞めさせたい」と思えば、その人物に「×」を付ける。有効投票の過半数に達した判事は罷免される。十五人の裁判官のうち、今回は十一人が対象になっている。
 ただこれまで罷免された裁判官は一人もいない。「×」の割合も近年は10%を下回る。国民があまり関心を持たず、判断の手前で立ち止まっているなら残念である。
 制度の手直しが必要と考える。第一歩として国民には見えない裁判官の選任過程を透明化すべきである。最高裁長官以外は内閣の任命である。客観的な理由を示し、過程をも明確にしないと、「密室人事」はいつまでも続く。
 また国民審査は任命後に初めて行われる総選挙の時だ。つまり最高裁での経験が浅い時期で審査を受ける。これでは本来の審査制度の使命を果たせないであろう。
 国民が「裁判官の審判」になる大事な権利だけに、その機会を形骸化させてはいけない。

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