東日本大震災10年半で10人目の復興相 衆院選でも議論は低調「本気で被災者の声を聞いて」

2021年10月29日 06時00分

双葉駅近くは震災後10年半が過ぎても、崩れかけた家やビニールシートで入り口が塞がれた店が並ぶ=福島県双葉町で

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から10年半が過ぎた中での衆院選で、各党の公約は新型コロナウイルス禍からの経済回復が軸となり、復興の議論は低調だ。岸田内閣では、復興相が初めて兼任ポストにもなった。放射能汚染で今も人が暮らせない場所がある中、被災者は「本気で向き合い声を聞いて」と訴える。(片山夏子)

◆双葉町内に投票所なし

 選挙サンデーの24日、福島第一原発がある福島県双葉町のJR双葉駅前は、人の姿がほとんどなく静かだった。駅や海側にある東日本大震災・原子力災害伝承館の周辺以外は、避難指示が解除されておらず、町内で暮らす人はゼロ。駅から少し歩くと、地震で倒壊した家が残る。

伝承館の駐車場近くに設置された衆院選候補者のポスター掲示板=福島県双葉町で

 町内には、衆院選候補者のポスター掲示板があった。一つは、駅からほど近い線路そばの工事事務所前。もう一つは、伝承館の駐車場前。町総務課の山下明弘係長は「駅や伝承館の周辺は自由に入れるので、町民の目に触れる所にと設置した」と説明する。
 有権者が住んでいない双葉町内に投票所はない。投票所となる町役場は、避難した人が多く住む福島県いわき市や震災直後に集団避難した埼玉県加須市などに点在したままで、復興の道のりの長さを物語る。

◆復興庁発足以来、初の兼任

 震災10年半、政府に変化があった。岸田内閣で復興相が沖縄北方担当相と兼任に。復興庁の発足以来、初だ。組閣時の記者会見で復興を軽んじているのではと問われた首相は「指摘は全く当たらない。東北の復興なくして日本の再生なしという原点は変わらない」と反論し、所信表明演説でも復興を盛り込んだ。
 西銘にしめ恒三郎復興相は就任後すぐに福島県を訪れ、「総理には全閣僚が復興大臣だと言われた」とした上で優先的に足を運ぶと強調。経済産業相や環境相ら関係閣僚もすぐに福島に入り、批判回避に躍起となった。
 衆院選公示日の19日には、首相は福島市内で第一声を上げた。自民党は選挙のたびに福島重視の姿勢を見せる。安倍晋三元首相は震災後、6回あった国政選挙の第一声で2016年の参院選を除き、いずれも福島で実施してきた。

◆在任期間は平均1年

 それでも被災者の目は厳しい。「復興相はみんな短命。政府もいろいろなメッセージを発するけど言葉遊びでしかなく、本気で取り組む姿勢がみられない」。双葉町で自動車整備工場を経営していた新野亥一(しんのいいち)さん(74)は声を落とす。来年6月には避難指示が解除される見込みだが、避難先の郡山市にとどまるという。
 復興相は在任期間が平均1年程度と短い。復興庁発足10年で西銘氏が10人目。麻生太郎氏が財務相をやり続けたのとは対照的だ。
 1年で終わった菅義偉政権は、反対の声がある中、福島第一原発の汚染水を浄化処理した水の海洋放出や帰還困難区域の部分的解除の方針を次々と決めた。
 福島県富岡町から郡山へ避難を続ける杉義己さん(73)は訴える。「原発事故の原因解明もされず、国や東電は責任も認めず、賠償も終わっていない。沖縄も多くの問題があり、兼務なんてできないはずだ。本気で向き合い、被災者の声を聞いてほしい」

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