のぼりくだりの街(5)道玄坂と宮益坂(渋谷区) にぎわいダイナミック

2021年10月30日 07時02分

渋谷駅(中央)を挟んで(右上から左下へ)延びる道玄坂と宮益坂=渋谷区で、本社ヘリ「おおづる」から

 「百年に一度の再開発」の真っただ中にある渋谷。地名にあるように、この街は谷底にある。全体の地形を眺めると、道玄坂と宮益坂が渋谷駅をはさんで対面し、この地が大きな谷であることが分かる。道玄坂を下り、宮益坂を上る約一・二キロを歩いてみた。
 駅西口の玄関「道玄坂」は、鎌倉幕府の有力御家人・和田義盛の一族の残党、大和田太郎道玄という人物がこの辺りで山賊となったことに由来するという説もある。昔から血気盛んな若者を引き寄せていたのだろうか。
 「道玄坂上」の交差点から緩やかなカーブを描く坂を下る。飲食店や風俗店がひしめく中腹の「渋谷百軒店」まで進むと頭上の看板がきらびやかになった。

道玄坂下の交差点

 道玄坂といえば、主人の帰りを待つ「忠犬ハチ公」。一九二六(大正十五)年に今のスクランブル交差点前に創業した「渋谷食堂」を前身に持つ飲食店「シブヤショクドウ ヴェントゥーノ・トーキョー」には、在りし日のハチ公の写真パネルが飾られている。
 「創業者の次男・高木五郎さんは子どものころ、ハチ公にまたがらせてもらった。駅前の露店で焼き鳥の残りなどを食べていた様子も見ていたそうです」。店を経営する「高木本社」の監査役宮川幸一さん(73)が教えてくれた。ハチ公は今も昔も、渋谷の人々に愛されているようだ。

「シブヤショクドウ ヴェントゥーノ・トーキョー」に飾られている在りし日のハチ公の写真

 下りきると、いつも若い女性でにぎわう渋谷ファッションの聖地「SHIBUYA109渋谷店」に到着。
 渋谷の「谷底」はスクランブル交差点。一回の信号で約三千人が渡るというダイナミックな人の流れは渋谷名物。波にのまれないよう早歩きで渡り、JRの高架をくぐって駅東側へ。「渋谷ヒカリエ」「渋谷スクランブルスクエア東棟」といった新しい高層ビルが変化を続ける渋谷を象徴する。ビルを右手に見ながら明治通りを渡ると、ここが東口の玄関・宮益坂の起点だ。
 坂一帯は背の高いケヤキ並木に覆われ、銀行や中小企業の事務所などが並ぶ。日本画材を扱う店や写真店など老舗があり、落ち着いた雰囲気。通りを行き交う人々も、西側より年齢層が高い印象だ。
 宮益坂は、大山街道の街道筋として発展し、かつては富士見坂としても知られた。茶屋などもあり、古くから人が住んでいたという。渋谷宮益商店街振興組合の菅野英雄理事長(68)は「渋谷の中では地味な場所というイメージがありますが、渋谷の発展はここから始まったとも言える」と胸を張る。

宮益坂下の交差点

 歩き終えると二十分。帰りは宮益坂と並行して整備された歩行者通路「ヒカリエデッキ」を使って駅に戻った。エスカレーターもあって、五分もかからなかった。
 ヒカリエデッキは、渋谷駅東西をつなぐ歩行者動線「スカイウェイ」の一部。将来は東京メトロ銀座線渋谷駅の上にできる歩道やマークシティとつながる予定で、道玄坂と宮益坂を一度も下りることなく、移動できるようになる。区によると二〇二七年の完成を目指している。
 坂を歩かないですむのは楽だが、どこか寂しい気もする。渋谷のにぎわいを支えているのは、表情が全く異なる二つの坂。時には二つの坂の「のぼりくだり」を楽しんでほしい。

◆神社にあやかって

 渋谷区のホームページによると、江戸時代、坂の途中にある宮益御嶽神社にあやかって、町名を渋谷宮益町に変えたため、宮益坂という名称がついたとされる。
 鳥居をくぐり、約50段の階段を上ると、お社に到着。建物の3階部分にある。こま犬は、全国的に珍しいとされるニホンオオカミが鎮座している。

◆西にハチ公、東にホープくん

 渋谷の待ち合わせ場所といえば、道玄坂下に近い、JR渋谷駅前のハチ公前広場。広場にある犬の像が「忠犬ハチ公」=写真上。衆院選を控え、今はたすきをかけて投票をPRしている。
 駅西側のハチ公像に対し、東側にもカワイイ像がいる。約20年前、地元商店街が「東側にもシンボルを」と設置したフクロウの「ホープくん」=同下=だ。当初は東口の駅前広場にいたが、周辺の開発に伴い、明治通り沿いのビックカメラ前に移動した。
 文・山下葉月/写真・芹沢純生、由木直子
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