<戦い終えて>検証衆院選(中)自民王国 牙城で組織力空回り

2021年11月5日 07時59分

選挙戦の最終盤、田所嘉徳氏(右)の応援に駆け付けた菅義偉前首相=10月29日、水戸市泉町で

 茨城県内七選挙区で激戦が繰り広げられる中、県議会の自民党会派の控室に幹部の声が響いた。「県都の水戸で取られるんじゃねえ!」
 茨城1区で四選を目指す自民の田所嘉徳(よしのり)が、捲土(けんど)重来を期す無所属の福島伸享(のぶゆき)に苦戦しているとの情勢が伝わり、県議団は危機感を募らせていた。
 各都道府県の「1区」は、無党派層が多い都市部の県庁所在地を含むため、「1区現象」と呼ばれる自民候補の苦戦が起きやすいとされる。だが茨城1区の場合、水戸市の人口が比較的少ないことに加え、県西地域の筑西市や下妻市(一部)にまで広がる特殊な区割りで、伝統的に自民の牙城だった。
 福島は今回、水戸市医師会長やJA水戸の一部役員らの支援を取り付け、保守層への浸透をアピール。県内JAグループの政治団体「県農政連」は自民推薦だったが、あるJA職員は「福島さんの方が農業政策に明るい」と声をひそめていた。
 水戸市に住む福島は、筑西市を地盤とする田所を意識し、「県都水戸から代議士を」もスローガンに掲げた。田所の陣営関係者は「水戸市内で相手候補のポスターがどんどん増えて焦った。外堀から埋められている感じだった」と振り返った。
 市町村別の開票結果を見ると、田所は水戸を除く市部で福島を上回る得票だったものの、四年前の前回は三千票差で勝った水戸では、逆に一万四千票も引き離されていた。
 田所は選挙区敗北が確実になった後、「運動量に差があった。向こうはこの四年間ずっと活動していたが、私は副大臣の仕事もあり、そういうわけにはいかなかった」と釈明した。だが、こうした事情は与党の現職にはよくあること。支援する自民県議は「本人の努力が足りなかった」と突き放した。
 県内七選挙区は今回、自民の五勝二敗。前回の六勝一敗から後退した。落とした1区と5区は比例復活で救われた。
 5区では、自民の石川昭政が国民民主党の浅野哲(さとし)に選挙区の議席を奪われた。空中戦頼みで、党の組織力を生かし切れなかったことが響いた。
 陣営の「選挙対策本部」の会議が一度も開かれなかったことは、石川の選挙戦を象徴する。通常は地元の首長やベテラン県議らが務める本部長も不在のままで、自民県議の一人は「斬新だろ」と自嘲していた。
 一方で石川は元党本部職員としての人脈を使い、陣営や県連の頭越しに、知名度の高い応援弁士の派遣を直接要請。元首相の安倍晋三、前首相の菅義偉、九月の党総裁選で石川が推薦人になった政調会長の高市早苗らが次々に駆け付けた。
 だが、野党が攻撃の的にする「安倍・菅政治」のイメージもあり、陣営からは「(浮動票獲得には)意味がない」「逆効果になるのでは」と懸念する声も上がっていた。
 県内の自民候補で唯一、公明党に推薦を求めなかった影響も否めない。共同通信の投開票日当日の出口調査では、公明支持層の三分の一が浅野に流れた。石川本人は「比例も自民へ」と訴えたが、5区内の自民支部は独自に「比例は『公明党』」と強調する文書を配布。公明票をつなぎとめようともがいた。
 5区は、中選挙区時代に元官房長官の故・梶山静六(県連会長の梶山弘志の父)が地盤とした区域で、現在も梶山家の支援者が多い。だが、梶山父子に近い関係者は「(5区に)後援会も残してあげたのに声を掛けてこない」と、石川の「地元軽視」を嘆いていた。
 地元の要望を政府につなぐ窓口が、石川ではなく野党の浅野になっているとの指摘も耳にした。ある朝、石川の街頭活動を眺めていた自民関係者がつぶやいた。「浅野さんが負けたら終わりだよ。地方の声が国に届かないんじゃ」(敬称略)

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