母子の「呪縛」リアルに 『星を掬(すく)う』 作家・町田そのこさん(41)

2021年11月7日 07時00分
 一度提出した原稿を取り下げ、何度も書き直したという。今年四月『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した注目作家の新作は、今までにない難産だったそうだ。「読み返したときに、これは前作の劣化版だ、これではダメだと納得できなかったので、十回以上改稿しました」
 テーマの重さを考えれば慎重になるのも当然か。人格を無視した教育、男性からの暴力、親の介護など、日常に隠されたさまざまな問題が赤裸々に描かれている。ページを開いた読者は、母と子の数奇な運命を体験することだろう。
 主人公の芳野千鶴はパン工場に勤める二十九歳。元夫からのDVに苦しめられる中、二十二年前に自分を捨てた母・聖子に出会う。自分の不幸は全て母のせいだと呪ってきた千鶴。しかし、再会した母は若年性認知症を患っていた。
 やり場のない怒りをあざ笑うかのように、徘徊(はいかい)など介護の問題が千鶴に降り掛かる。あるとき、便失禁した母が言う。「こんな姿を、晒(さら)したくないの、娘に」「お願い、あんたが私を捨てて」。母と子のありようを問う意欲作だ。
 著者は血のつながった母子関係を「呪縛」と記す。穏やかではない言葉にリアルがにじむ。なぜ、この人の子どもに生まれてきたのか。自分で選べない親との絆は今、若者の間で「親ガチャ」とやゆされる。果たして親子は本当にカプセル式玩具のように運頼みの産物でしかないのか。もし、「親ガチャに失敗した」と嘆く人がいれば、本作を読んでもらいたい。
 登場人物もタイトルも違うが、実は『52ヘルツのクジラたち』の続編的な意味合いを持つ。前作は虐待を受けた少年を描いたが、「虐待する母親の視点で物語を書いたらどうなるんだろう、と。非難される側にもそうせざるを得ない何かがあったんじゃないか。『52ヘルツ−』で書き切れなかった部分を拾い上げてみようと思ったんです」
 「星を掬う」というタイトルが秀麗だ。「掬う」は「救う」とも読み取れる。聖子が掬い上げた星とは何か。彼女に救われたものとは。ラストシーンは温かく美しい。「私は母子関係の答えは一つではないと思っています。うちの家族はこうだなとか、こういう葛藤があるんだとか、そういう皆さんの読後の感想まで含めて一つの作品になればうれしいです」
 中央公論新社・一七六〇円。 (谷野哲郎)

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