ビートルズ 北中正和著

2021年11月7日 07時00分

◆世界史からたどる名曲の背景
[評]篠崎弘(評論家)

 「ビートルズのことなら、まあ一通りは知っている」という方は多いだろう。これほど語られてきた音楽家は他にいない。著者も「書かれていないことはもう何も残っていないのではないか」と書いている。だが、ビートルズとその作品がどんな背景から生まれてどんな世界に到達したのかを、世界史と世界地図の中でこんなにわかりやすく示してくれた本は他に知らない。
 既存のビートルズ本とはかなり趣が異なる。例えば年譜的な記述はほとんどない。デビュー前後のいきさつも、日本公演のことも書かれていない。ジョンとポールがいつどこでどう出会ったかに触れるのも、本文の半分近くになってからだ。
 そのかわり彼らが生まれ育ったリヴァプールが英国の植民地政策、とりわけ奴隷貿易でどんな役割を果たしてきたかは詳しく描く。四人とアイルランドとの関わりを血筋を遡(さかのぼ)って探る。黒人音楽への憧れが彼らの作品にどう結実したのかを、十九世紀以降の米国で黒人をコミカルに描いて人気を博した「ミンストレル・ショウ」や黒人音楽スキッフルとの関わりから考える。
 米国に生まれたR&Bやロックンロールがどう彼らに影響を与えたか、ラテンやキューバのソン、ジャマイカのスカ、アフリカ音楽との出会い、リヴァプールからロンドンに出てきた頃の彼らの目に映ったであろうインド系移民の社会……。ビートルズがこれらの音楽とどう親しんでいたかを具体的な曲名を挙げながらたどることで、後に「ワールド・ミュージック」と呼ばれて世界的なブームとなるこれらの音楽を彼らが二十年以上も前に先取りしていた理由も見えてくる。長年ワールド・ミュージックをウォッチしてきた著者ならではの視点だ。
 情報量は多いが、語り口は実に平易。著者の言うように本書に登場する曲やミュージシャンの多くはユーチューブやストリーミングサービスで見聞きできる。それらで確認しながら読み進むと、知っていたつもりのビートルズの姿が全く違って見えてくる。
(新潮新書・858円)
1946年生まれ。音楽評論家、東京音楽大講師。著書『にほんのうた』など。

◆もう1冊 

北中正和著『毎日ワールド・ミュージック:1998−2004』(晶文社)

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