戦争とバスタオル 安田浩一著、金井真紀著・絵 

2021年11月7日 07時00分

◆湯に浸かり負の歴史と向き合う
[評]荻上チキ(評論家)

 安田さんをラジオのゲストに招いた際。「いつもハードな取材で大変ですね」と声をかけたら、「でも、今度は金井さんと、世界の温泉や銭湯の本を出すんです」と返された。「おお、それは楽しい取材になりそうですね」と応じると、「まあ、戦争に関連する風呂ばかり巡る本なんですけどね」とのこと。それはまた、ハードな取材ではないか。
 発売された本書を手に取り、腑(ふ)に落ちる。安田と金井は、タイ、沖縄、韓国など、アジア・太平洋戦争という負の歴史が色濃く現れる地を訪ね、そこで風呂に浸(つ)かる。浴場で出会った人と会話を交わしながら、戦争体験の証言を、時にじっくり、時に短編的に聞き取っていく。
 タイのジャングルの中にあるヒンダット温泉は旧泰緬(たいめん)鉄道の先にある。駅のそばには戦争博物館があり、旧日本軍の加害性に関する展示がある。泰緬鉄道は強制徴集された現地住人や捕虜によって建設され、工事の中で万単位の人間の命を奪った。温泉もまた、日本兵が発見し、整備したという。現代ではその温泉を、さまざまな国からやってきた人々が堪能している。
 沖縄唯一の銭湯「中乃湯」の主・シゲさんや「中乃湯」の常連客・澤岻(たくし)さんからは、戦前戦後の風景の変化を聞く。日本軍と米軍に翻弄(ほんろう)され続ける島の中で、銭湯に通う人々の日常が垣間見える。韓国で出会った崔(チェ)さんからは、日本の歌にまつわる思い出や、玉音放送の記憶などを聞く。さらには多くの引揚(ひきあげ)者を受け入れ、請願を受けて銭湯を設けることとなった寒川町(神奈川)。「昔は要塞(ようさい)・毒ガス、いまは温泉・休暇村」とのコピーをパンフレットに掲載していた「うさぎの島」大久野島(広島)。二人の軽快な文章と、金井の朗らかなイラストが、歴史旅行の案内役を務めてくれる。
 人の英気を養う風呂に浸かり、人の命を奪う戦争の記憶を聞く。戦争についての本は数多くあるが、こんな本は読んだことがなかった。旅行者という立場で振り返り、過去との向き合い方を問いかける、社会派でありながら情緒揺さぶられる紀行エッセイ。
(亜紀書房・1870円)
安田 1964年生まれ。ノンフィクションライター。『ネットと愛国』など。
金井 1974年生まれ。文筆家・イラストレーター。『マル農のひと』など。

◆もう1冊 

安田浩一著『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日文庫)

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