東京の生活史 岸政彦編 

2021年11月7日 07時00分

◆多様な生語る150人の肉声
[評]重里徹也(聖徳大教授・文芸評論家)

 事典か電話帳のように分厚い一冊でズシリと重い。二段組み千二百ページ以上にわたって、百五十人の人々の人生の断片が収録されている。公募された百五十人の聞き手が、自分で選んだ各一人の話を集めたインタビュー集で、語り手の国籍も年齢も職業もさまざまだ。共通しているのは、東京で暮らしたことのある人たちだということだろう。
 だから読んでいると、多種多様な東京が立ち現れてくる。空襲の体験、汚染された河川、どんどんなくなっていく街の本屋、地域の祭り。自由を求めて実家から出てきた人もいれば、東京生活を経て故郷に帰った人もいる。
 視点も千差万別だ。手話で話す難しさ、沖縄出身者への差別、台湾から見た東京、大阪との空気の違い、性的少数者にとっての東京、刑務所に服役した人がどんな扱いを受けるか、脳梗塞で倒れた後の人生、風俗で働く女性の本音も聞ける。
 商売のコツを語る販売員、地方議員が感じる時代の変化。見えにくい東京の一面に光があてられる。物事の裏側から現象を考えさせられる。
 いずれも、地面近くの低い場所から語られている。しばしば、人生の機微に触れる。ページをめくっていると深い森をさまよっているようなのだ。人々の肉声の森。喜怒哀楽がしみ込んだ本音の森。
 身近な人とのあつれきを語る声も多い。養父母にいじめられた話もあれば、ダメ夫を笑顔で語る女性もいる。母親との関係に悩む人、父親に会えない出自、後妻に入る苦労。血縁に悩む人も、家族に支えられる人もいる。
 厳しい競争社会で、心のバランスを崩した人も少なくない。人間とは強いものだと思わされるし、壊れやすい存在だとも実感させられる。観念的な話は少ない。語られていることはいつも具体的だ。
 人々の生活、人生の選択、偶然の出会い、突然の事故や災害。ナマな事実の重みがじわじわと伝わってくる。ステレオタイプな「東京」のイメージが徐々に解体されていく。重い本を読み進んでいくと、妙な解放感が味わえた。
(筑摩書房・4620円)
1967年生まれ。社会学者・作家。立命館大教授。研究テーマは沖縄、生活史。『街の人生』『リリアン』など。

◆もう1冊 

岸政彦著『断片的なものの社会学』(朝日出版社)。岸の姿勢がよくわかる。

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