<かながわ未来人>みんな違う存在認めて 東京パラ開閉会式でステージアドバイザー スローレーベル理事長・栗栖良依(くりす・よしえ)さん(44)

2021年11月8日 07時18分
 高校生の時、「エンターテインメントの力で平和活動をしたい」と、五輪の開会式を演出する夢を抱いた。病気で一度は諦めたが、今年、東京パラリンピックの開閉会式でステージアドバイザーを務め、高く評価された。重圧も大きかったが、「結果的にやりたいことをやりたい形でやれた」と達成感を得た。原点になったのは、横浜市で二〇一四年から昨年まで三回開かれた「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」での総合ディレクターの経験だった。
 東京都出身。東京造形大でアートマネジメントを学び、長野五輪の選手村でボランティアを務めた。働いてお金をため、イタリアでビジネスデザインを学んだ後、新潟や徳島で地域を巻き込んだ作品づくりをしていた三十二歳の時、右脚に骨のがんを発症した。
 一〇年三月から十月まで入院治療。右脚は骨と筋肉をほぼ取り除き人工物を入れた。退院後は歩く練習から。一年ほどは再発の可能性も高く、しばらく未来を考えられなかった。一二年になり、「もうちょっと生きられるかもしれない」と感じた時、テレビで目にしたロンドンパラリンピックの式典で障害者の可能性に触れ、「やってみたい、と素直に思えた」。五輪ではなく、パラリンピックの存在をそこで再認識した。
 病気になる前は、日本社会の同調圧力に「負けていた」と話す。足が不自由になり、「みんなと同じになりたくてもなれないから、開き直れた」。知人に誘われ、横浜市で福祉施設とものづくりをするプロジェクトに関わったのを機に、認定NPO法人「スローレーベル」を設立。横浜を拠点に活動を始めた。
 一九年には、障害のある人もない人も楽しみながらサーカスの練習をし、体を鍛えて協調性などを育む「ソーシャルサーカス」のカンパニーを日本で初めて立ち上げた。「自分と世界の捉え方がまるで違う人たちは刺激でしかない。面白い」。全国から集まったメンバーは東京パラリンピックの開会式にも出場した。それぞれの経験が各地で生かされるよう期待を込める。
 今後は障害ある人への理解を深め、多様性ある社会に向けた取り組みを根づかせる時だ。「みんな違う存在と認めたところからしか何も始まらない。フラットに輪になれる関係性のつくり方を広めていけたら」(神谷円香)
<認定NPO法人スローレーベル> 生産性を重視しがちな世の中で誰もが生きやすい「スロー」な社会づくりをアートの力で目指し、地域や企業、行政と連携したプログラムを実施している。2011年に設立し14年に法人化。19年からソーシャルサーカスを普及する「スローサーカスプロジェクト」を進め、障害のある人との創作活動が各地で進むよう取り組む。

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