元看護師に無期懲役判決「娘の言うことを聞いていれば…」母親が悔やむ犯行3カ月前の説得 旧大口病院事件

2021年11月9日 17時46分

旧大口病院

◆4つのトラブル「私です」

 裁判の被告人質問で、弁護人は久保木被告にこれらのトラブルをだれがやったかについて知っているか尋ねた。病院ではこのほか、患者のカルテが破られたり、印鑑が壊されたりするようなことも起きていた。
弁護人 エプロンは
被告 私です
弁護人 カルテは
被告 私です
弁護人 印鑑は
被告 私です
弁護人 ポーチに針を刺したのは
被告 私です
 これらのトラブルは久保木被告自身が行ったものだったと明かした。「エプロンの事件があって、怖いから辞めようかな」。16年6月にこう母親に伝えるための自作自演だったのか。
 久保木被告は法廷でカルテを破ったことについては「書き間違えてしまった」と理由を話した。だが、ほかについては「分かりません」と繰り返した。
 それから3カ月後の16年9月、久保木被告は入院患者3人の点滴袋に消毒液を入れて殺害したとされる。「自分の勤務時間外に患者が死亡すれば、患者の家族への対応を避けられる」という身勝手な理由だった。
 ただ被告は精神鑑定を行った医師に、これらの事件前にも「(消毒液の)混入により複数死亡させた」と説明したといい、もっと前から犯行が行われていた可能性がある。
 大口病院での事件は、3人目の八巻信雄さん=当時(88)=が殺害された際に、別の看護師が点滴が泡立っているのに気付き、消毒液の混入事件が発覚。報道もされるようになった。16年11月、実家に戻ってきた久保木被告に両親は「愛弓じゃないよね?」と尋ねた。久保木被告は首を振って「違う」と否定した。

◆「信じていたのに…」母親は娘を平手打ちした

 1年半ほど経った18年6月30日、自宅にいた母親の携帯電話が鳴った。かけてきたのは久保木被告だった。「実は私、事件に関わっています」。母親はこの日警察から大口病院の事件で事情聴取を受けることは聞いていた。だが「愛弓が犯人であると、愛弓自身が話したことは、信じられませんでした。以前聞いた時には否定していたので」
 驚いた母親が「1人でやったの?」と聞くと、久保木被告は「そうだ」と答えた。
 話しているうちに、すぐに電話の相手は警察官に代わった。警察官から「逮捕まで時間がある。ホテルを用意するので近くで見守ってほしい」と言われ、久保木被告と会うことになった。部屋に入ってきた久保木被告のほほを母親は平手打ちし、そして抱き締めながら言った。「なんでこんなことをしたの、信じていたのに」。久保木被告は答えることなく、ただ泣いていた。
 その日は二段ベッドの上で父親が、下で母親と久保木被告が一緒に寝た。母親は「なぜこんなことをしたの」と尋ねた。
 久保木被告は、最初の病院で「急変した患者の家族から強い言葉を言われて怖い思いをした」と言い、大口病院でも同じような経験をしたと話した。「急変の患者には関わりたくない、遺族から強い言葉で言われたくない。自分に当たらないようにするために事件を起こした」と動機を語った。
 母親が「つらかったでしょ、こんな事件を起こす前に辞めれば良かったのに」と言うと、久保木被告は「そうだよね」というような表情を見せたという。
 
 翌7月1日朝、ホテルの部屋を出て行く久保木被告は、両親に神妙な表情を浮かべて言った。「お世話になりました。全て話してきます」

◆死んで償いたい

 一連の裁判で、父親は法廷に出廷した。母親は姿を見せず、供述調書が法廷で読み上げられた。父親は逮捕後は遠方にいるため、面会は1年に1回ほど。母親と一緒に来ることもあったが、2020年9月に最後に会った時は父親だけだったという。
 父親は面会時の様子について「顔を合わせると、涙が出てしまう」と話した。事件後には両親が被告のために貯めた結婚資金300万円と、被告の貯金300万円を遺族への賠償金として準備したとも明かした。だが、遺族の処罰感情は強く、1遺族に事件で来日したアメリカに住む親族の交通費として200万円を受け取ってもらった以外は、受け取りを拒否されている。
 弁護人は、被告人質問で久保木被告にこう尋ねている。 
弁護人 「戻れるとしたら、いつに戻りたい」
被告 「大口病院に入職する前です」
弁護人 「どうすべきだった」
被告 「看護師をやめるべきだったと思います」
 久保木被告は、裁判の最終陳述で準備してきた紙を読み上げた。
 「裁判では遺族にお詫びできればと考え、お詫びの気持ちを伝えました。許してもらえないことをしたと思っています。死んで償いたいと思っています」

無期懲役判決に「はい」

 9日に行われた判決公判。家令和典裁判長は無期懲役の判決を言い渡した。久保木被告が法廷で自分に不利益な事情も素直に語ったことや、「死んで償いたい」と語ったことから「更生可能性も認められます」と判断した。
 「わかりましたか?」。家令裁判長が無期懲役の判決を言い渡した後にこう尋ねると、久保木被告は「はい」とはっきりした声で返事した。さらに裁判長は被告に向かい、「各犯行について慎重に検討しました。苦しい評議でしたが、無期懲役としました。生涯をかけて償ってほしいと思っています」と語りかけた。被告の表情は変わらなかった。
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