【判決要旨全文】3人殺害の元看護師に無期懲役判決 責任能力を認めつつ、死刑回避の理由は 旧大口病院事件

2021年11月9日 17時20分
 判決の要旨は以下の通り。
(主文)
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
(罪となるべき事実)
被告人は
第1 平成28年9月15日午前7時44分頃から同日午後5時29分頃までの間に、横浜市神奈川区大口通130番地所在の医療法人財団慈啓会大口病院3病棟において、殺意をもって、同病棟の入院患者興津朝江(当時78歳)に投与予定の点滴バッグ内に、塩化ベンザルコニウムを成分とする消毒用液であるヂアミトールを混入し、その頃から同月16日午前10時頃までの間に、同病棟の看護師に、同点滴を上記興津に投与させ、よって、同日午後1時40分頃、同病院において、同人をベンザルコニウム中毒に基づく急性呼吸不全により死亡させて殺害し
第2 同月18日午後3時1分頃から同日午後4時55分頃までの間に、同病棟402号室において、殺意をもって、同病棟の入院患者西川惣蔵(当時88歳)に投与されていた点滴の三方活栓から混入して同人に上記ヂアミトールを投与し、よって、同日午後7時頃、同病院において、同人をベンザルコニウム中毒により死亡させて殺害し
第3 同日午後7時56分頃から同月19日午前7時30分頃までの間に、同病棟において、殺意をもって、同病棟の入院患者八巻信雄(昭和3年9月20日生)に投与予定の点滴バッグ内に、上記ヂアミトールを混入し、上記日時頃から平成28年9月19日午後10時頃までの間に、同病棟の看護師に,同点滴を上記八巻に投与させ、よって、同月20日午前4時55分頃、同病院において、同人をベンザルコニウム中毒により死亡させて殺害し
第4 同病棟の入院患者を殺害する目的で、同月18日午後7時56分頃から同月19日午前7時30分頃までの間に、同病棟において
1 同病棟の入院患者A(当時75歳)に投与予定の点滴バッグ内に、上記ヂアミトールを混入し
2 同病棟の入院患者B(当時76歳)に投与予定の点滴バッグ内に、上記ヂアミトールを混入し
3 同病棟の入院患者C(当時88歳)に投与予定の点滴バッグ内に、上記ヂアミトールを混入し
4 同病棟の入院患者D(当時76歳)に投与予定の点滴バッグ内に、上記ヂアミトールを混入し
5 同病棟の入院患者に投与するものとして同病棟ナースステーション内に保管されていた生理食塩水内に、上記ヂアミトールを混入し
もって殺人の予備をした。
(争点に対する判断)
第1 争点
1 本件の争点は、本件各犯行当時の被告人の責任能力の程度である。
2 被告人は、平成28年9月15日から同月19日にかけて、本件各犯行に及んだ。被告人は、起訴前の平成30年9月10日から同年10月25日までの間、田村由江医師による精神鑑定のため横浜病院に入院し、同年12月7日、起訴された。被告人は、令和元年8月22日から同年11月25日までの間、岩波明医師による精神鑑定(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50条に基づくもの)のため烏山病院に入院した。さらに、被告人は、弁護人が依頼した須藤明教授によるいわゆる情状鑑定のため、令和3年2月5日から同年5月6日までの間、横浜拘置支所において、同教授の面接調査(合計11回)を受けた。
田村医師、岩波医師は、いずれも豊富な臨床経験を有する精神科医である。須藤教授は、元家庭裁判所調査官であり、犯罪心理学、家族心理学を専門とし、公認心理師、臨床心理士の資格を有している。
3 検察官は、主として田村鑑定に依拠し、被告人は、犯行当時、軽度の自閉スペクトラム症であり、うつ状態ではあったが、これらは、動機の形成過程にはある程度影響したものの、犯行への影響は遠因にすぎず、被害者殺害という犯行の意思決定及び実行の過程に精神障害が及ぼした影響は極めて小さいとして、被告人には完全責任能力があったと主張する。
これに対し、弁護人は、主として岩波鑑定に依拠し、被告人は、犯行当時、自閉スペクトラム症ではなく、統合失調症に罹患しており、顕在発症はしていなかったが前駆期の症状が犯行に影響を与え、動機、目的を達成するための手段として、極めて重大で、目的に不釣り合いな死という結果をもたらす、殺害という手段を選択した点に、統合失調症の症状が強く影響していたとして、被告人は心神耗弱であったと主張する。
第2 判断
1 そこで検討すると、岩波医師は、発達障害の分野に造詣の深い精神科医であるところ、事件記録や各種検査結果、被告人の小中学校時代の通知表など資料とし、被告人との面接のほか、父母との2回の面接を実施し、幼児期からのエピソードも十分に把握した上で、DSM-5の診断基準(以下、単に「診断基準」という)に照らし、被告人は、自閉スペクトラム症には該当しないとの結論を導いている。これに対し、田村医師は、幼児期からのエピソードについては、家族からの50分程度の電話による聞き取り調査を行った程度で、その把握が十分でないままに、断片的なエピソードから、自閉スペクトラム症の診断基準に該当するとの結論を導いている。したがって、この点については、岩波鑑定に信用性が認められる。もっとも、須藤教授も述べるとおり、被告人に認められる、複数のことが同時に処理できない、対人関係等の対応力に難がある、問題解決の視野が狭く自己中心的であるといった点は、自閉スペクトラム症を疑わせるものであり、被告人に自閉スペクトラム症の特性は認められる。
2 岩波医師は、被告人について、①犯行当時、うつ病と診断できる症状を発症していたこと、②烏山病院入院後、幻聴、被害妄想が出現し、病的な症状に基づく奇異な行動を示すなど、統合失調症が顕在的に発症したこと、③合理性、合目的性を欠いた本件犯行を繰り返した点は、犯行当時、統合失調症が既に発症していたことを示唆していることを指摘し、上記うつ病症状は統合失調症の前駆症状と考えられることから、本件犯行は、統合失調症の前駆症状の影響で行われたものであるとする。
しかしながら、田村医師も指摘するとおり、①については、被告人がうつ状態にあったとは認められるものの、看護師としての業務が行えていたことや、犯行を実行するために考えを巡らせることができていたことなどに照らせば、うつ病の診断基準を満たしていたとは認めがたいし、②についても、被告人が示した症状は必ずしも統合失調症特有の症状とはいえず、その後の症状の経過に照らしても、統合失調症を発症していたとは認めがたい。③についても、後述するとおり、本件犯行が合理性、合目的性を欠いたものとは認められないし、統合失調症の前駆症状としてのいかなる症状が本件犯行にいかなる影響を与えたかも、説明されていない。岩波医師の上記見解は採用できない。
3 そうすると、被告人は、犯行当時、自閉スペクトラム症の特性を有しており、うつ状態にあったとは認められるものの、それ以外の精神の障害は認められない。
そして、被告人は、以前勤めていた病院で、患者の急変時の処置や家族への説明がうまくできずに、家族から責められて辛い思いをしていたところ、大口病院でも、患者が急変して死亡し、家族が臨終に間に合わず、看護師が激しく責められる場面に遭遇し、強い恐怖を感じたことから、自身の勤務時間中に、自身が対応を迫られる事態を起こしたくないと考えて本件各犯行に及んでおり、このような犯行動機は、それが当面の不安を解消するものにすぎず、根本的な解決にはならないことを考慮しても、十分に了解可能である。また、被告人は、自分が対応しなくてもよい時間帯に被害者を死亡させるという目的に沿って、犯行手段を選択し、自身の犯行が発覚しないように注意して、本件各犯行に及んでおり、自身の行為が違法なものであることを認識しつつ、合目的的に各犯行に及んでいる。そうすると、被告人に自閉スペクトラム症の特性がありうつ状態であったことを精神の障害とみるとしても、これによって被告人の弁識能力又は行動制御能力が著しく減退してはいなかったと認められる。
被告人には完全責任能力が認められ、弁護人の主張は採用できない。
▶次ページ、裁判所が認定した事実「自身が勤務していない間に入院患者を殺害しようと決意した」

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