【判決要旨全文】3人殺害の元看護師に無期懲役判決 責任能力を認めつつ、死刑回避の理由は 旧大口病院事件

2021年11月9日 17時20分
(量刑の理由)
第1  前提事実
被告人に対する量刑を判断する前提として、関係証拠を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 被告人の身上、経歴及び犯行に至る経緯
(1)  被告人は、幼少期から内向的な性格であり、友人は少なかったが、家庭や学校では問題行動はみられなかった。被告人は、両親からも内向的で不器用なタイプとみられており、特に母親からは、目つきの悪さなどを指摘されたり、もっと友人を作るよう叱られることも多かった。幼少期から高校までの時期を通じて、被告人は、評価されることが少なく、対人関係の不得手さを意識することも多かったため、自己肯定感を得る機会に乏しかった。
(2)  被告人は、高校2年生の時、母親から看護師は人の役に立つよい仕事であると勧められ、被告人自身、手に職をつけたいと思っていたこともあり、看護師になろうと考えた。被告人は、高校を卒業し、看護専門学校に入学後、2年生時からは寮生活を始めたが、友人は全くできなかった。看護専門学校での学科の成績は中位だった一方、実習では、患者とうまくコミュニケーションが取れない、患者の状況を観察して適切な看護記録を書けないなどの課題があり、実習の成績は下位で、再試験となることもあった。被告人は、自身が看護師に向いていないと感じていたが、学費を両親に出してもらっていたこと、病院から数年看護師として働けば支払いが一部免除になる奨学金を受け取っていたことから、看護師として働くほかないと考えた。
(3)  被告人は、看護師試験に合格し、平成20年4月、奨学金を受給していた病院に就職してリハビリ病棟で勤務を開始した。複数の業務を同時にこなしたり、柔軟な対応をとることができず、ストレスを感じることはあったが、車いすで入院してきた患者が歩いて退院する姿などを見て、仕事にやりがいも感じていたため、リハビリ病棟勤務中に奨学金の返済を終えた後も、看護師として働こうと思った。
被告人は、平成23年4月から障害者病棟、平成26年1月からは老人保健施設で勤務したが、患者の家族から自身の手際の悪さを責められたり、夜勤中に患者が亡くなった際に患者の家族から同僚の看護師らが大声で責められるのを見たりして、強いショックを受けたり、自分のことをふがいなく思うこともあった。被告人は不眠、不安、気分の落ち込みを感じるようになり、平成26年4月に精神科クリニックを受診し、抑うつ状態で休職が必要であるとの診断を受け、同年7月頃まで休職した。
その後、被告人は、リハビリ勤務を経て、同年8月頃から、一般内科の診療所で復職したが、体調に不安を抱える患者に対応を助言する業務があり、臨機応変に適切な対応をとれずに、患者の急変を招いてしまうのではないかと不安を感じるようになって勤務を続けていく自信を無くし、平成27年4月に同診療所を退職した。
(4)  被告人は、同診療所を退職した後、生活のために働かなくてはならないが、自分の学歴や能力では一般の企業では雇ってもらえないと思い、臨機応変な対応が要求されない職場なら看護師として働くことはできると考え、同年5月、終末期医療を中心としていて、かつ、終末期患者やその家族から、急変時に無理な延命措置を行わない同意がとれているとされていた大口病院の面接を受けた。
(5)  被告人は、大口病院に採用されて勤務を開始したが、終末期にある患者が亡くなっていくことを割り切れず辛く感じていたこと、夜勤の割合が増えていって月8回から10回程度になり肉体的にも負担であったこと、職場の同僚とうまくなじめず、仕事ができない自分に引け目を感じていたことから、ストレスを貯め込むようになった。また、大口病院では、採用時の説明と異なり、患者の家族が看取りに間に合うようにするため、延命措置を講じなければならないことがままあったところ、平成28年4月頃、入院中の患者が急変した際に、被告人が救命措置をとったものの亡くなり、被告人を含む複数の看護師が、患者の家族から、ここの看護師は最低だ、ここの看護師に殺されたようなものだなどと怒鳴られることがあり、被告人は強い恐怖を感じた。
そうして、被告人は、特に夜勤明けに無気力になったり、気分が落ち込むようになり、過食をした後で下剤を服用することもあった。このような体調不良のため、被告人は、日勤をときどき休むことはあったが、夜勤は休まず続けていた。被告人は、夜勤の際に業務の能率が落ちていると感じることはあったが、その他に仕事上何かミスをすることはなく、同僚の看護師から体調不良や能率の低下を指摘されることもなかった。同年5月頃には、大口病院を辞めたいと思い詰めるようになったが、自分の他にも同じような勤務をこなしている看護師がいる中で、自分だけそのようなことを頼むのはわがままなのではないかと感じ、また、相談しやすい職場環境でなかったこともあり、同僚や上司に相談することはできなかった。同年6月頃には、母親に仕事を辞めることを相談したものの、母親からボーナスが出るまでは勤務を続けたほうがよいのではないかとアドバイスされたため、仕事を辞める決断はできなかった。
(6) そのような状況の中、被告人は、特に上記の平成28年4月頃に亡くなった患者の家族から責められた出来事がきっかけとなり、自分が勤務でないときに患者が死ねば、患者の家族から責められるリスクは減るという発想が浮かぶようになった。そして、以前ニュースで、消毒薬が誤って投与された患者が死亡した事故が報じられていたことを思い出し、病棟内に保管されていた消毒液の中で無色・無臭のものはヂアミトールしかなかったため、同年夏頃、夜勤時に、患者の未使用の点滴にヂアミトールを混入させた。被告人はその後、ヂアミトールを混入させた点滴が投与された患者が死亡したことを知った。
2 各犯行当日の行動
(1) 興津朝江は、転倒して負った右膝及び右肘のけがの治療のため、平成28年9月13日、大口病院に入院した。被告人は、同月15日、日勤業務に就いていたが、同日昼過ぎ頃、自身が担当する興津が無断で病院から外出しようとしたため、他の看護師から連絡を受けた被告人が迎えに行って病室まで連れ戻した。興津は、終末期患者ではなく、近いうちに退院することは明らかであったが、病室に連れ戻した際にも、被告人に対し早く退院したい旨述べていたため、被告人は、興津がこのまま入院を続ければ、次の被告人の勤務である同月18日から19日に掛けての夜勤の際に興津が無断外出しようとするかもしれず、その結果興津が行方不明になったり、けがをしたりすると、被告人が同僚の看護師や興津の家族から責められるかもしれないと思った。
そして、被告人は、次の被告人の勤務までに興津が死亡していれば、興津が無断外出して自分が責められるリスクを減らすことができると考え、自身の勤務時間外にヂアミトールを興津に投与するため、興津に今後投与される点滴にヂアミトールを混入しようと決意した。
被告人は、ナースステーションに保管されている注射器と針を取り出し、ヂアミトールのふたを開けて、周りに人がいないことを確認しながら、注射器でヂアミトールを吸い上げると、ナースステーション内に保管されている段ボール箱に保管されている点滴バッグの中から、貼られたシールを見て興津に投与される予定のものを選び出し、そのゴム栓部分に針を刺して、吸い上げていたヂアミトールを混入させた上、点滴バッグを段ボール箱の中に戻した。被告人は、その後、予定されている日勤の業務を行い退勤した。同点滴は、同月16日午前10時頃までの間に、情を知らない他の看護師によって興津に投与され、興津は同日午後1時40分頃、ベンザルコニウム中毒に基づく急性呼吸不全により死亡した。被告人は、同月18日午後3時頃、夜勤に就くために出勤し、興津が死亡したことを知った。
(2) 西川惣蔵は、同月13日、他の病院から大口病院に転院し、点滴栄養管理による終末期医療を受けるため入院した。西川は、医師により、反復性誤嚥性肺炎、肺気腫、低酸素血症、末期的な慢性腎不全、廃用症候群などと診断された。同月16日、西川は、個室に移されていたところ、同月18日、上記のとおり出勤してこのことを知った被告人は、個室に移されるのは、容体が悪く、亡くなる直前の患者がほとんどであったことから、西川の容態が悪化して死期が近づいていることを認識した。
同室の担当であった被告人は、自身の夜勤中に西川が死亡した場合、自分一人で患者死亡時の家族対応をしなければならなくなるかもしれないことを不安に感じ、日勤の看護師が勤務している間に西川が死亡すれば、日勤の看護師が家族対応を担当するか、少なくとも家族対応を手伝ってくれて負担が軽くなると考えた。そして、被告人は、西川を日勤の看護師がいる間に殺害しようと考え、ヂアミトールの効き目が早く出るように、西川の静脈内に直接ヂアミトールを注入して殺害しようと決意した。
被告人は、ヂアミトールを注射器に吸い上げると、西川の入院している病室に向かい、投与されていた点滴の三方活栓から混入する方法で、西川の静脈内に直接ヂアミトールを投与した。被告人は、その後、看護師としての通常の業務を行っていたが、同日午後4時55分頃、西川の容態が急変し、午後7時頃、死亡した。被告人は、西川の家族に対し、西川が急変したことを電話で連絡したが、病院に到着した家族への対応は日勤の看護師が行った。
(3) 八巻信雄は、同月14日、他の病院から大口病院に転院し、点滴栄養管理と療養的な終末期医療を受けるために入院した。八巻は、医師により、胆石胆のう炎、反復性肺炎などと診断された。同月18日、上記のとおり出勤した被告人は、自身の次の勤務日である同月21日から22日に掛けての夜勤までに入院中の患者が死亡すれば、自身が患者の家族への対応をしなくて済むと考え、当時ナースステーション内にあった同月19日又は20日投与分の点滴にヂアミトールを混入させ、また、生理食塩水にヂアミトールを混入させて、自身が勤務していない間に入院患者を殺害しようと決意した(なお、この点について、被告人は当公判廷で、なぜヂアミトールを混入しようとしたか覚えていないなどと供述しているが、捜査段階では自身の記憶通り上記認定事実のとおり供述した旨認めていること、先行する2つの事件の経緯からして上記認定事実のとおりの動機で犯行に及んだと考えるのが自然であることから、上記の事実を認定した)。
そして、被告人は、ナースステーションにおいて、あるいは、ほとんどの患者が意識のない状態で入院している病室を選んで点滴バッグを持ち込み、上記のとおり投与予定の点滴や生理食塩水にヂアミトールを混入させ、これらをナースステーションの段ボール箱などに戻した。なお、このとき被告人は、各点滴がどの患者に投与予定のものであるか確認することはなかった。その後、被告人は、夜勤の業務を行い、退勤した。上記点滴のうち一つが、同月19日午後10時頃までの間に、情を知らない他の看護師によって八巻に投与され、同月20日午前4時55分頃、八巻はベンザルコニウム中毒により死亡した。その後、八巻に投与された点滴が泡立っていたことや、点滴のゴム栓のフィルムに穴があいていたことなどから、何らかの薬物が点滴に混入されていることが発覚したため、八巻に投与された以外の点滴及び生理食塩水が患者に投与されることはなかった。
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