【判決要旨全文】3人殺害の元看護師に無期懲役判決 責任能力を認めつつ、死刑回避の理由は 旧大口病院事件

2021年11月9日 17時20分
第2 量刑判断
以上の事実を前提に、被告人に対する量刑について検討する。
1 本件は、看護師であった被告人が、勤務先の病院において、患者3名に、消毒薬であるヂアミトールを自ら投与し、あるいは情を知らない看護師に投与させて殺害したという殺人事件(判示第1ないし第3)及び患者に投与予定の点滴等にヂアミトールを混入したという殺人予備事件(判示第4)である。
2 本件の量刑を決するにあたっては、何よりも、3名の生命が失われたという殺人事件の結果が重要である。被害者のうち、西川は余命数日程度、八巻は余命1週間ないし3週間程度であったとは認められるが、いずれも終末期病棟で穏やかな最期を迎えるはずであったのに、不条理にも、被告人の犯行により突然に生命が断たれてしまった。興津は終末期患者ではなく、治療が終われば退院して、健康に今までどおりの暮らしを送っていくはずであったのに、被告人の犯行により、苦痛の中でその生命が奪われている。このような被害結果は極めて重大である。被害者の遺族は、生前の被害者の様子やその最期に思いを致し、悲痛な心情と厳しい処罰感情を述べているが、当然のこととして理解することができる。
3 犯行態様についてみると、被告人は、いずれの犯行においても、その目的に沿って被害者を死亡させようと考え、看護師としての知見と立場を利用し、犯行が発覚しないように工夫しつつ、犯行手段をそれぞれ選択して犯行に及んでいる。また、判示第1及び第3の事件では、情を知らない同僚の看護師を利用して、ヂアミトールを混入した点滴を被害者に投与させており、他者を自身の犯行に巻き込んでいる。被告人の犯行は、計画性が認められ、生命侵害の危険性が高く、生命軽視の度合いも強い、悪質なものと評価するほかない。
4 さらに、動機についてみると、被告人は、判示第1の事件では、興津が無断外出した結果自分が責められるリスクを減らすため、判示第2の事件では、日勤の看護師が勤務している間に西川を死亡させて、日勤の看護師に家族対応を担当してもらうか、あるいは、少なくとも家族対応を手伝ってもらい負担を減らすため、判示第3の事件では、次の夜勤までに入院中の患者を死亡させて、自身が患者の家族への対応をしなくて済むようにするために犯行に及んでいる。いずれの動機も身勝手極まりないものであり、酌むべき点は認められない。加えて、被告人は、同様の動機で、判示第4の殺人予備の犯行にも及んでいる。
5 以上の事情によれば、被告人の刑事責任は誠に重大というほかなく、被告人に対して有期懲役刑を選択することは考えられず、被告人に科すべき刑は死刑又は無期懲役刑である。もっとも、死刑は人間の生命を断絶させる究極の刑罰であり、その適用は慎重に行わなければならず、また、公平性の確保にも十分意を払わなければならない。そこで、本件が死刑を選択することがやむを得ない事案といえるかどうかを判断するために、量刑検索システムに登録されている事案のほか、3名が殺害されたそれ以外の事案も参照して、さらに検討を加えることとする。
6 被告人が上記のような犯行動機を形成するに至った過程についてみると、被告人は、もともと、複数のことが同時に処理できない、対人関係等の対応力に難がある、問題解決の視野が狭いといった自閉スペクトラム症の特性を有しており、患者の様子を観察して臨機応変な対応を行わなければならないという看護師に求められる資質にも恵まれていなかった。被告人自身、看護師としての適性がないことは自覚していたが、聞かされていた大口病院の業務内容であれば、自分でも務まると考えて勤務を開始したところ、上記第1の1(5)で述べたような事情から、うつ状態となり、退職を考えたものの、決断がつかないまま、仕事を続けた。そのような状況の中で、被告人は、ストレスを貯め込み、視野狭窄的心境に陥って、一時的な不安軽減を求めて担当する患者を消し去るほかないという短絡的な発想に至り、犯行を繰り返したことが認められる。このような動機形成過程には、被告人の努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響しており、被告人のために酌むべき事情といえる。
この点、検察官は、田村鑑定に依拠して、被告人が犯行動機を形成するに至ったのには、むしろ被告人の生来の自己中心的、反社会的性格傾向が強く影響している旨主張する。しかし、須藤教授も指摘するとおり、本件各犯行は反社会的な行為であるが、被告人は、およそ反社会的な行為とは無縁の生活を送ってきたものであり、もともと反社会的な価値観や性格傾向を有していたとは認められない。その個人歴の中で、本件各犯行に至るまでの間、腹を立てて物に当たったというエピソードはあるものの、攻撃を他者に向けたというエピソードはなく、心理検査の結果に照らしても、被告人には、他者に対する攻撃的傾向も認められないのであって、検察官の主張は採用できない。
7 被告人は、逮捕後、犯罪事実を全て認め、公判においても、犯行当時は罪悪感や後悔の気持ちはなかったことなど、自己に不利益な事情を含め、記憶をたどりながら素直に供述している。そして、現在は、自己の犯した犯罪の重大性を痛感し、被害者やその遺族らに対し謝罪の言葉を述べ、被告人質問では償いの仕方が分からないと述べていた被告人が、最終陳述では死んで償いたいと述べるに至っている。被告人には前科前歴がなく、上記のとおり反社会的傾向も認められないことからすると、更生可能性も認められる。
8 以上の事情を総合考慮すると、被告人に対し死刑を選択することには躊躇を感じざるを得ず、本件において死刑を科することがやむを得ないとまではいえない。そこで、被告人に対しては、無期懲役刑を科し、生涯をかけて自身の犯した罪の重さと向き合わせることにより、償いをさせるとともに、更生の道を歩ませるのが相当であると判断した。
(検察官求刑:死刑、弁護人科刑意見:無期懲役)
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