クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界 ヤニス・バルファキス著

2021年11月14日 07時00分

◆元ギリシャ閣僚の「理想郷」
[評]森永卓郎(経済アナリスト)

 著者は経済学者でありながら、二〇一五年にギリシャがIMFとEUと欧州中央銀行からの救済融資を受けた際、彼らが融資条件とした財政緊縮を断固拒否した反緊縮派だ。その著者が、SF仕立てで、経済を語った。
 主人公は、ひょんなきっかけから、パラレルワールドに住む自分との交信を始める。二〇〇八年の世界金融危機のあと、現実世界では、公的資金の投入で金融業界は救われ、再び金融資本が支配する社会が復活している。一方、パラレルワールドでは金融危機をきっかけに社会が変わっていた。そこは、資本主義のない社会であり、同時に著者が考える理想の社会システムを実現していたのだ。
 そこでは、仕事に上司の指示がない。好きな相手と自由にプロジェクトチームを作り、好きなだけ働く。基本給は全員同じだが、ボーナスは同僚からの評価で決まる。私はこの仕組みを知って心底驚いた。四半世紀前、私が勤務していた三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)で実現した人事制度改革と理念が同じだったからだ。三和総研では、研究員が自由に部を異動し、自由に参加するプロジェクトを選べる。基本給は自ら設定し、賞与は同僚の評価で決めた。会社の人事権と評価権を棚上げしたのだ。この人事制度の骨格は現在でも残されていて、大きな効果をもたらした。他のシンクタンクが軒並み収益事業に軸足を移すなか、三和総研だけが本来の研究を守り抜いたからだ。
 ただひとつ、この制度は経営者からの評判がよくない。資本家としては当然だろう。
 パラレルワールドでは、その問題も解決している。会社の経営は、社員全員が持つ一人一票で決められる。資本の論理が入る余地がないのだ。さらに国民全員に社会資本の配当として、ベーシックインカムが給付される。
 働くすべての人がどうしたら幸せになれるのか。その答えがここにはある。小説にとどめるのはもったいないのだが、あまりに素敵(すてき)なラストに、小説でよかったと思った。
(江口泰子訳、講談社・1980円)
1961年生まれ。ギリシャ経済危機のさなかにチプラス政権の財務大臣に就任。

◆もう1冊

ヤニス・バルファキス著『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社)。関美和訳。

関連キーワード


おすすめ情報