日本戦士の栄光と挫折 『シャムのサムライ 山田長政』 作家・幡(ばん)大介さん(53)

2021年11月14日 07時01分
 時代小説の作家として人気を博している。シリーズものの中にはテレビドラマになったものもある。そんな作家が本作のような骨太の歴史小説を著した。
 「きっかけですか? ドラマ『大富豪同心』(NHK)の打ち上げのとき、プロデューサーと話してて、これからのエンターテインメントは、グローバルに活躍してる人がいいよね、というような話になったんです」。鎖国の前には国をまたにかけダイナミックに生きた日本人がいた。そこで、書くならまず山田長政。鄭成功(ていせいこう)(明の軍人。母親が日本人)にも引かれた。
 長政は戦国末期の駿河国に生まれ、江戸初期の沼津藩主大久保忠佐(ただすけ)に仕えた。六尺(駕籠(かご)かき)だった男が朱印船で日本を離れ、荒波と炎暑の南海を渡ってシャム(タイ)へ。アユタヤ王朝のもと、日本人義勇隊を率いて活躍。武功と忠誠で貴族の最高位に上りつめる。だが、陰謀と権力闘争のはざまで毒殺された。
 執筆のためタイの国土やアユタヤ王朝の内実、社会の成り立ち、国際情勢や交易などについて参考文献を読み込む。そもそもタイを訪れたことさえ学生時代の一度しかない。それも観光だった。「最初は雲をつかむようなものでした。でも、あっ、これだけ知ればもう書けるなって、確信を持てる瞬間がある。現地の景色が見えてくるんですよ」
 だが、アユタヤ王朝に登場する膨大な人名や煩瑣(はんさ)な官職名の表記の仕方は難航を極めた。タイ語の文献を理解するのも難しい。そのあたりはタイの権威である日本の学者とオンラインでやりとりしてカバーした。そうして六〇〇ページ余におよぶ大作に。
 「書いていて思ったんですよ」と幡さん。「バブルのころ、日本企業がよく海外に進出しました。最初はその地で喜ばれるが、次第に軋轢(あつれき)が生まれトラブルも生じる。太平洋戦争のころもそういうところがあった。現地人が敵対的になるのに、日本のやり方を曲げずに押しつける。長政も日本人であることをやめなかった。タイの貴族になったんだから、タイのやり方に従えば、山田家も続いていたでしょう。現代的テーマでもあると思いましたね」
 幡さんは『騎虎(きこ)の将 太田道灌』も著している。歴史小説には、教科書にわずかしか記されない人物に肉付けし、血脈を巡らせる役割もあるだろう。それを希求する読者には格好の作品を提供した。実業之日本社・二六四〇円。(小鷲正勝)

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