TOKYO REDUX(トーキョー・リダックス)下山迷宮 デイヴィッド・ピース著

2021年11月14日 07時00分

◆「五輪」「崩御」つなぐ点と線
[評]森達也(映画監督・作家)

 深夜の常磐線で轢(れき)死体となって発見された初代国鉄総裁下山定則は、なぜ死を選んだのか。あるいは殺されたのか。そしてもしも他殺ならば、犯人と動機が次の謎になる。
 かつて下山事件について調べたとき、些細(ささい)な出会いや発見が少しずつ点と線のようにつながり始め、僕は謎解きに夢中になった。
 報道番組で放送することを前提に取材を始めたが、ひとつの謎の解明は次の謎に必ずつながる。このままではテレビ放送は難しい。だから映画化を試みたが壮大すぎてまとまらず、最終的に本となった。
 この時期に一緒に取材したジャーナリストの斎藤茂男から、森君もすっかり下山病になっちゃったね、と言われたことがある。下山事件を取材すると、多くの人がこの病に感染するんだよ。頭から離れなくなる。だから本書を手にしたとき、デイヴィッド・ピースはどのように事件の謎を解明するのだろう、と考えた。
 ただしピースは小説家だ。そのスタイルは実際の事件をモティーフにした創作。虚と実が入り混じる。翻弄(ほんろう)される。それはわかっていた。でも創作とはいえこの事件を扱うなら、視点の足場が必要だ。自殺なのか他殺なのか。ピースはどちらを前提にノワールを紡ぐのか。
 その結論をここに書くのは反則だ。興味がある人は自分で確かめてほしい。物語は事件が起きた一九四九年と東京オリンピック開催の六四年、そして昭和天皇が崩御する前年である八八年の三章仕立て。なぜ三つの時制が必要なのか。それは最後にわかる。それでなくても複雑な事件の背景に幾重もの虚が重なり、やがて虚と実の境界は溶解する。占領期の闇に明滅する微(かす)かな光は、ピースが提示する日本の裏面史だ。それは悪夢のようでもあり、この国が目を背けてきた足跡でもある。
 補足するが、ピースの文体と世界は読者を選ぶ。決して万人向けではない。でもはまる人ははまる。まるで下山病に感染したかのように、どうしても目が離せなくなる。
 あなたがどちらのタイプかはわからない。でも試す価値は絶対にあるはずだ。
(黒原敏行訳、文芸春秋・2750円)
1967年英国生まれ。作家。94年に日本に移住。『TOKYO YEAR ZERO』など。

◆もう1冊

森達也著『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮文庫)

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