佐野の登山愛好家 「男体仙人」田名網さん死去 前人未到、登頂1223回

2021年11月16日 07時40分

日光・男体山を登る田名網さん=2013年撮影・石川勝さん提供

 前人未到の千二百二十三回、栃木県日光市の男体山(標高二四八六メートル)登頂を果たし、「男体仙人」の名で親しまれた同県佐野市の登山愛好家田名網忠吉(たなあみちゅうきち)さんが十二日、虚血性心不全のため亡くなった。九十六歳だった。最近も「百歳になったら、また男体山頂上にお参りする」と意気軒高に語っていた田名網さん。突然の訃報に山岳関係者から惜しむ声が聞かれた。(梅村武史)
 田名網さんは一九二五年、旧葛生町(現佐野市)に生まれた。地元石灰会社で勤務していた三十代前半、腰を痛めたのを機に登山を始め、槍ケ岳、穂高岳など北アルプスの山々に挑んだ。四十六歳のとき初めて男体山に登り、眼下に広がる中禅寺湖の絶景や霊峰の荘厳さに夢中になった。
 六十二歳で百回、七十一歳で五百回の登頂。一日二往復する日もあり、最後の千二百二十三回目は二〇一四年八月三日、八十九歳のとき。脳梗塞を克服しての到達だった。亡くなる直前まで散歩や軽い山歩き、畑仕事を楽しみ、体力づくりに励んでいたという。
 田名網さんのドキュメンタリー映像作品を十本以上制作し、三十五年間の交流がある足利山岳映画会の石川勝代表(67)は「男体山に魅せられた人生。粘り強く決して愚痴を言わない人格者で尊敬していました」と語った。
 田名網さんの告別式は十七日午前十〜十一時、佐野市山菅町のセレモールふくだ。自宅は佐野市葛生西二の二九六四の三。喪主は長男久芳さん。

関連キーワード


おすすめ情報