泉 麻人【東京深聞】 常総の味なローカル線を行く(後編)下館と結城

2021年11月24日 09時45分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。


常総の味なローカル線を行く(後編)下館と結城


 下館は知る人ぞ知る“芸術の町”なのだ。まず、陶芸家・板谷波山の生家(江戸中期築の木造家屋)を保存した記念館が「盛昭軒」(前回紹介)からほど近いところにある。
 明治5年にこの地で生まれた波山(家は醤油醸造と雑貨屋をやっていた)、芸大の前身東京美術学校で彫刻を学んだ後、陶芸のかまを置いたのは田端の住居。これが明治39年のことで、その後芥川龍之介や室生犀星ら作家や画家が寄り集まる「田端文士村」の発端の芸術家となった。白磁や青磁が目につく展示品のなかには、こなごなに割れた皿や花瓶の破片も見受けられるが、波山は気に入らない作品を即座に破壊する作家、として知られていたようだ。

板谷波山記念館にて

 板谷波山記念館から少し駅寄りのあたりに「しもだて美術館」がある。こちらはガラス張りの近代的な建物で、先の波山とともに下館を代表する洋画家・森田茂のポスターがデカデカと飾られている。この取材では皆川末子という地元の布絵作家の展示会が催されていた(12月19日まで)が、きらびやかな布を細かく切り貼りして、ちょっとファンタスティックな和服女性を描いた……独特の作品が印象に残った。

 下館からJR水戸線に乗って、結城へと向かった。下妻、下館と訪ねてきたけれど、今回“町並み”で最も期待してきたのがこの結城。北口の広い通りを200メートルか行くと、道幅が狭くなって古町らしい商家が並ぶようになってくる。結城といえば、なんといっても「結城紬ゆうきつむぎ」だろうが、横道にそういう昔ながらの織物の家が集まった一画がある。裏門から入っていくと、中庭のようなスペースがあって、まわりに機織りの工房や倉庫みたいな棟が見える。棟の間の狭い通路を奥へ進むと、表門に「つむぎの館」という観光者向けの新しい表札が掲げられていた。
 ここは「奥順」という明治40年創業の結城紬の製造卸問屋がプロデュースするスペースで、敷地内に昔からの店舗や蔵の他、機織り体験のできる館や紬の展示館、カフェなどが配置されている。ちなみに結城の織物は「あしぎぬ」と呼ばれる太い生糸を使うのが特徴で、室町時代に幕府の献上品になって「結城紬」の名が定着したのは江戸時代だというが、やはりメガな産業となったのは富岡製糸場ができて、鉄道も敷設された明治時代中頃(結城駅の開設は明治22年)だろう。この「気まぐれ電鉄」で関東各県を訪ね歩いていると、つくづく“おカイコ様の国”だったことを痛感する。

つむぎの館「染色資料館 手緒里」にて

 結城紬ほどではないけれど、結城には「ゆでまんじゅう」という質素な名物があると聞いてきた。下館でラーメンを食べてからおよそ3時間、オヤツにちょうどいい。スマホのマップにも何軒かの和菓子屋が表示されているが、取材日の木曜はあいにく休業日の店が多い。歩いていると、結城の氏神様とされる健田たけだ須賀神社の境内で小さな子供たちと引率の先生に出くわした。
「ゆでまんじゅう、売ってる店、近くにありませんかね?」
 伺うと、神社を出たちょっと先の「山田菓子店」というのを教えてくれた。看板に大きく“名物ゆでまんじゅう”と掲げているわけでもない、町の素朴な和菓子屋さんだったが、惜しくもゆでまんじゅうは売り切れてしまっていた。まぁ、見つけたら食べよう……くらいに思っていたのだが、こうなってくるとどうしても食べたい。
「そうですね。その先のスーパーにあるかなぁ……ウチのじゃありませんけどね」
 大通りに出たところの「結城ショッピングセンター」というローカルなスーパーの菓子のワゴンに3個入りのゆでまんじゅう(つぶあん)を発見、店外の目立たない一角で立ち食いした。白い外皮に餅粉が入っているらしく、独特の粘り気がある。別の地方都市でこういうまんじゅうを食べたことはあるけれど、何より「ゆでまんじゅう」という簡単な名前がいい。さっき入った健田須賀神社の夏の例大祭のときに各家庭で作られたもので、蒸していると神輿が来る時間に間に合わないので、ささっと茹でた……という説がある。

築140年以上の歴史ある建築物をリノベーションした喫茶店「喫茶カヂノキ」

 帰りの電車の時刻まで余裕があったので、駅へ行く大通りの途中に見つけた古建築の喫茶店に入った。「喫茶カヂノキ」という店名らしいが、蔵を横に付けた建物は築140年以上というから明治も早い頃。本格的にドリップしたコーヒーも、ゆでまんじゅうのハズミで頼んでしまったプリンも実にウマかった。もとの家は、結城紬ではなくさまざまな家業をやっていた人……とマスターから伺って、ぼんやりと結城の渋沢栄一のような男を想像した。
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次回は、12月8日(水)更新予定です。
お楽しみに。
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PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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