<「過労死ゼロ」へ 遺族たちの闘い>(上)時間以外の要因 夫の労災 認定に5年半

2021年11月18日 10時09分
 働き過ぎによる過労、ストレスが死亡や自殺の引き金になる「過労死」。厚生労働省は九月、働き手が脳や心臓の病気を発症した際の労災認定基準を二十年ぶりに見直した。時間外労働(残業)時間以外の要因も重視し、より柔軟に判断するよう求める内容だ。救済の広がりが期待される中、「過労死ゼロ」を掲げ、闘ってきた遺族や弁護士の思いを三回に分けて取り上げる。 (河野紀子)
 「お父さんが起きないよ!」。二〇一一年九月二十七日の早朝、愛知県安城市の三輪香織さん(44)は、戸惑うような子どもたちの声で、夫敏博さんの元へ走った。ベッドにうつぶせで寝ている夫の腕は、既に冷たくなっていた。虚血性心疾患。まだ三十七歳だった。
 敏博さんはトヨタ関連の工場に、グループリーダーとして勤務。同年六月ごろから、急に忙しくなった。他部署の応援の仕事が重なったためで、朝七時半ごろに家を出て、帰宅は夜十時すぎ。家族が寝静まった深夜に戻ることも増えた。
 加えて、四年前に患ったうつ病が悪化し、毎日三、四時間しか眠れなくなった。「土色の顔で、体を引きずるように出勤していた」と悔しがる。亡くなる前日、「きょうは早く帰ってくる?」と聞く当時小学一年の長男に、諦めるように笑ったのが、生きている敏博さんを見た最後だった。
 「真面目な夫は命を削って働き、力尽きた」と確信し、労災を申請した。しかし、不認定。労働基準監督署は、亡くなる直前一カ月間の残業を、八十五時間四十八分と算出した。厚労省が示す認定の目安の一つは、残業が「発症前一カ月で百時間」、または「発症前二〜六カ月間の月平均で八十時間」を超える場合。この過労死ラインに達していないことが大きかった。
 香織さんは一四年、労基署の判断を不当として、名古屋地裁に提訴。一審は敗訴に終わったが、一七年の名古屋高裁判決は「死亡は業務と因果関係があった」と、国に処分の取り消しを命じた。直近一カ月、二〜六カ月とも過労死ラインは下回るものの、うつ病で十分な睡眠が取れていなかったことなどを加味した。五年半もの時間をかけ、ようやく労災が認定された。
 〇一年以来、二十年ぶりとなる九月の認定基準見直しでは、目安の残業時間に近ければ、それ以外の負荷も総合的に評価して認定するよう明記された。「終業から次の始業までの勤務間インターバルが十一時間未満」「休日のない連続勤務」など、具体的に例示したことが特徴だ。
 厚労省によると、二〇年度に脳・心疾患で認定された百九十四件のうち、残業が月八十時間未満だった例はわずか十七件。裁判で香織さんの代理人を務めた岩井羊一弁護士(54)は「過労死ラインの硬直的な運用が壁になっていた。敏博さんは典型的なケース」と指摘する。
 長男は高校二年、長女は中学二年になった。「子どもとの時間が何よりの楽しみだったのに、亡くなる前は、ご飯とお風呂を済ませたら寝るだけ」と香織さんは唇をかむ。「一人一人、働いた時間の長さだけでははかれない事情がある」。誰もが、健康で幸せに暮らせる働き方を願う。

亡くなる4カ月前、家族旅行での三輪敏博さん(右から2人目)。笑顔が印象的だ=香織さん提供


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