小さな記憶のつながり 『定形外郵便』 作家・堀江敏幸さん(57)

2021年11月21日 07時00分

新著のエッセー集について語る堀江敏幸さん(新潮社提供)

 日常の中で出合った本や絵画、映画、音楽への思索を、小説との間を往還するような深い文体でつづった八十一編のエッセー集。美術雑誌『芸術新潮』に二〇一四年から連載してきた七年分をまとめた。
 書名は、堀江さんの記憶に言葉を刻んだ古今東西の作家や芸術家たちに宛てて「毎月一通ずつ手紙を書こう」との思いから。「往復書簡のつもりで、自分なりの応答を書き送りました。そして自分ではない誰かがまた、それに応えてくれる」
 雑誌連載という定形の中にあえて、作品を語る際にはこぼれ落ちそうな「定形外」の記憶を取り込んだ。図書館に置かれた文学全集を開けると、表紙の内側にのりづけされていた別刷りの付録。バロック音楽を録音したカセットテープの「余白」に焼き付けられた、奇妙な音の響き。
 本であればどんな手触りで、どんな装丁だったか。どの版で、誰の訳で読んだのか。「その言葉にたどりつくまでに、どういう迂路(うろ)をたどったのかを大事にしたかった」。偶然つかみ取った一つ一つの固有名詞から、「作ろうと思っても作れないようなつながり」が飛び石のように広がる。
 例えば作家・長谷川四郎の伝記でシベリア抑留の体験を読み、現地で共に壁新聞をつくっていた松本美樹の本を買ったままだったのを思い出す。表紙の裸婦のデッサンは画家・猪熊弦一郎。帯の惹句(じゃっく)を残したのは堀江さんとも縁の深かった作家・小島信夫だった。
 「すごく不思議な気がするんです。ばらばらなところで出会った人たちや作品が、自分の知らないところでつながり、濃い付き合いをしていた。驚きに喜び、嫉妬、落胆。そこで生まれるいろいろな気持ちも楽しみの一つですね」
 宛先には自身と同じ時代を過ごし、やがて歴史の中に積み上げられていく人たちも含まれる。批評家・加藤典洋さんが最後にくれた「少しだけ」ではない勇気。歌手ジュリエット・グレコの声が呼び起こす、ムール貝の毒。拾い上げた小さなエピソードから、悼みと悲しみが色濃く漂う。
 連載を重ねる中で、近年は「外の世界との緊張感」を確かめながら「考える進入の角度が深くなった」という。「自分の作業も、後ろから来る人が見るとコマにすぎない。だからコマの部分が少しでも、長い時間持つようにしておきたい。それが緊張感につながっていると思います」。新潮社・一九八〇円。 (宮崎正嗣)

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