問題の女 本荘幽蘭伝 平山亜佐子著

2021年11月21日 07時00分

◆世間騒がせた痛快な生涯
[評]小松成美(作家)

 松井須磨子、柳原白蓮、岡本かの子、岡田嘉子、瀬戸内晴美(寂聴)と、明治から昭和にかけて世間を騒がせ、好奇心を駆り立てた「問題の女」たちの人生は華やかで刺激的だ。だが、こうした女たちは、まだおとなしい。本書の主人公・本荘幽蘭の生涯に触れれば、その桁外れな生き様に、既成の常識や良識など簡単に覆されてしまう。
 百年前の東京で、道行く人のほとんどが知っていたスキャンダラスな女。彼女の生い立ちと、その後のシーシュポスの岩運びのような無軌道な前進と転落の繰り返しは、倫理の境界線を帳消しにして、むしろ壮大な冒険小説を読んでいる気分にさせられる。
 明治十二年に誕生した久代という女子が、幽蘭になる過程もスリリングだ。感情家の父親と狂佯(きょうよう)の血を持つ母親に愛されることを知らなかった娘は結婚を強いられ、意図せず妊婦となり、精神を病む。そこからはい上がった後の奔放な日々に、幽蘭という人格はさく裂する。
 日本を縦断し、中国、台湾、朝鮮を舞台に、ジャーナリスト、女優、講談師、ミルクホールオーナー、ホテルオーナー、劇団座長、尼と、転職と起業を繰り返す。娼婦(しょうふ)に身を落とすことも厭(いと)わない幽蘭には、金もないが、怖いものもない。五十以上の職業と起業をやってのけ、資金を得て時には踏み倒す彼女は、何かを成し遂げた成功者ではない。五十回の結婚も、百二十人以上との恋愛沙汰も、他人は醜聞と切り捨てる。新聞が書き立てる奇行変人の幽蘭の姿に人々は好奇の目を向ける。
 世間を騒がせながら姿を変える幽蘭の軌跡をたどる文章が、ある種の痛快さをはらんでいるのは、著者の視点に哀れみや施しがないからだ。歴史家のような探究心と愛情が八年という歳月をかけた一冊にみっちりと詰まっている。
 ジェンダー平等やダイバーシティが叫ばれる令和に幽蘭が生きたなら、時代のフロントランナーになり得たかもしれない。それとも、女の事件簿の主人公か。その終末さえ知れぬ幽蘭の存在に、胸がざわざわとしている。
(平凡社・3080円)
挿話収集家、デザイナー。『明治大正昭和 不良少女伝−莫連女(ばくれんおんな)と少女ギャング団』など。

◆もう1冊

平山亜佐子著『20世紀破天荒セレブ−ありえないほど楽しい女の人生カタログ』(国書刊行会)

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