二千億の果実 宮内勝典(かつすけ)著

2021年11月21日 07時00分

◆「存在」問い 時空を往還
[評]横尾和博(文芸評論家)

 ゴーギャンがタヒチで描いた有名な絵に「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」がある。科学技術が進歩すればするほど、この難問は大きく立ちはだかり、私たちは生の意味を探し求める。人類や生命の歴史を辿(たど)り未来を想像し、現実の戦争や飢餓を耳にしながら、私たちが拠(よ)って立つべきところを思索する。
 この存在への問いを抱え、時代と場所を自由に往還するのが本書。世界の数十カ国を歩いてきた著者ならではの体験が基にある。舞台はアフリカ、北米、ヒマラヤ、南米、敗戦後の中国東北部など広範囲だ。独立しながらも関連をもつ二十六の挿話で構成されたパッチワークだ。それぞれに異なる語り手や登場人物は、たとえば打ち上げ失敗で爆死した宇宙飛行士、南米で最期を迎えた革命の英雄、地球外生命体との交信を試み続ける天文学者など多彩である。
 始まりはルーシーと呼ばれる若い娼婦(しょうふ)と、一九七四年にエチオピアで発見された三百万年前の猿人の化石人骨の話。ラストは南米最南端に住む先住民、ヤーガン族の最後の純血女性の語りで閉じられる。異彩を放つのはアンデス山中で飛行機事故に遭った人たちの人肉食だ。極限での倫理とヒューマニズムは現代に深刻な課題として現れる。格差を容認し、差別を扇動する反知性主義まん延の世だからだ。
 本書からはここ数十年の現代史の一場面が、回り灯籠のように浮かんでは消える。テーマは存在と意識だ。意識と言語で人間は地球上の支配者となり文明は発展した。だがそれは時として昏(くら)い暴力や争いをも生む。いまこの星には思考を積み重ねた七十八億の民が暮らす。世界は奥深い森で、意識は果実である。
 AIにより冒頭の難問にも「正解」が出る未来がやがてくる。しかしそれでも疑問を持つのが人間だ。科学や数理支配への違和こそが、生の根源である。違和とは文学の代名詞。知性と感性こそが全世界を獲得する。私たちはいまどこにいるのか。柔らかな肌感覚で行く末を模索したのが本書だ。著者渾身(こんしん)の作に脱帽。
(河出書房新社・2475円)
1944年生まれ。作家。『焼身』『魔王の愛』など多数。

◆もう1冊

宮内勝典著『永遠の道は曲りくねる』(河出書房新社)

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