地域ケアで身近革命 『壁を壊すケア 「気にかけあう街」をつくる』の編者 井手英策さん(慶応義塾大教授)

2021年11月20日 13時32分
 地域包括ケア、母子の産後ケア、ヘルスケア…。日々の暮らしの中で「ケア」という言葉を耳にする機会は多い。慶応義塾大経済学部教授の井手英策さん(49)は、この「ケア=気にかける」をキーワードに、世の中の困りごとを解決する手だてを提案する。
 十月に刊行された『壁を壊すケア 「気にかけあう街」をつくる』(岩波書店)では編者を務めた。弁護士や児童福祉司、障害者や高齢者の福祉にかかわる人など、井手さんの周りにいるケアの実践家九人が奮闘記を寄せた本書について、井手さんは「ジャンルを超えて寄稿してもらい、現実の課題にどう挑み、どんな答えを出したかを共有したいという思いが始まりだった」と振り返る。
 例えば「NPO法人パノラマ」は、教育困難校と呼ばれる高校の空き教室に居場所カフェを開き、学生と向き合って生活や進路について語り合っている。困っている人の懐に飛び込んでいって悩みを聞き、叱ったりほめたりしながら、解決に向けて一緒にもがく。ケアそのものだ。
 ケアの担い手を、井手さんは「ソーシャルワーカー」と呼ぶ。一般には「社会福祉士」「精神保健福祉士」などの資格を持つ福祉専門職を指すが、原義通り「社会的な仕事をする人」と広くとらえた。「施設職員が利用者にサービスを提供してもそれはソーシャルではない。地域の中に入り込んで生きづらさを感じている人をケアするのが本来の姿ではないか」と力を込める。
 本書では、ケアの取り組みを閉じ込めずに地域に広げた成果が紹介される。社会福祉法人「訪問の家」は一九八〇年代、重症心身障害者の通所施設を横浜市内に開いた。医療体制完備の入所施設しか認められていない時代に地域との接点をつくるのは大変だった。同市のNPO「びーのびーの」は街中に就園前の親子が集うスペースを設けた先駆。タイトル通り、施設の壁を壊して開放した特別養護老人ホームもある。
 不登校の子がいるとする。学校生活でつまずいたなら教育問題だし、家庭の貧困や親のネグレクトがあれば福祉にかかわる。家庭を訪れるなら民生委員や児童委員の協力も…。ケアを突き詰めていくと一人の手には負えなくなる。「問題を解決できないで困っている人の人生に、地域全体でアプローチしていこうという発想。彼らが置かれた環境ごと変えていく、つまり『身近革命』が、ソーシャルワーカーの仕事になる」
 ケアの大切さを身をもって知る出来事が起きた。二〇一一年、脳内出血で倒れ死にかけた。自宅療養中は起き上がれず、意識がもうろうとする中、妻が寄り添ってくれていた。「ずっと話を聞いてくれた。それがどれほど救いになったか」。「気にかける」「ともにある」。ケアという言葉が醸す水平のイメージ。専門家であるなしにかかわらず、地域に暮らすすべての人が互いを気にかけ合う関係をつくろうと問う。
 専門は財政社会学。東大、同大大学院を経て日銀の研究所にも勤めたスペシャリストだけに「分配」の議論についても詳しい。
 「子育て、教育、医療…。人間が生きていると必ずニーズが発生する。それを公的に満たそうとすると財政になる。皆にとって必要だから、共に幸せを分かち合うために汗をかこうと。つまりそれが税」
 「協働地域社会税」という新説を提唱している。自治体が一斉に徴収して得られた財源で、地域コミュニティーを強化するというアイデアだ。「増税を語ると嫌われる」と苦笑するが、ひるまない。「ソーシャルワーカーが圧倒的に少ない。民生委員を有給にしてもいい」と具体的だ。
 地元の神奈川県小田原市で、寺を拠点に地域の子の学びの場にする計画を有志と温めている。農家や街の活性化、環境問題に取り組む大人を呼んで仕事をレクチャーしてもらう寺子屋だ。「魅力的な生き方をしている大人がたくさんいると知れば、子供は地元を離れないだろう。互いが互いを気にかけ合う街になれば」。ソーシャルワークの研究と実践で社会の変革を目指す。 (栗原淳)

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