シュリーまん 八王子の元気発掘! 創価大生・教授ら企画

2021年11月24日 07時04分

シュリーマンの顔の焼き印を押した、つるや製菓の「シュリーまん」=いずれも八王子市で

 ギリシャ神話に伝わるトロイ遺跡を発掘したドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマン(一八二二〜九〇年)が、八王子市で脚光を浴びている。書店では特別コーナーが設けられ、キャラクターが描かれたまんじゅう「シュリーまん」も発売。時空を超えたつながりを探ってみた。
 JR八王子駅前の繁華街にある、つるや製菓。地元銘菓の「都まんじゅう」で有名な店だ。ガラス越しにのぞくと、いつものまんじゅうに、店員が焼きごてでひげとメガネが特徴的な顔の焼き印を次々に押していた。期間限定の「シュリーまん」だ。

つるや製菓でまんじゅうを購入する人々

 近くの「くまざわ書店八王子店」ではシュリーマンの特設コーナーが。トロイ遺跡発見に至る自伝「古代への情熱」だけでなく、母国のドイツや、「トロイの木馬」が登場するギリシャ神話にちなみ、ギリシャの料理を紹介する本もある。

くまざわ書店八王子店内のシュリーマン特設コーナー

 八王子で盛り上がる「シュリーマン」。企画を展開しているのは、市内にキャンパスを構える創価大文学部の学生約五十人でつくる「桑都(そうと)プロジェクト」メンバーだ。

シュリーマンと八王子の関連イベントを企画した創価大の学生グループ

 きっかけは三年前、哲学や倫理学を専門とする伊藤貴雄教授が古書店で「シュリーマン旅行記 清国・日本」(石井和子訳版、講談社)を手にしたこと。そこには「絹の生産地である大きな手工芸の町八王子へイギリス人六人と連れ立って行った」との記述があった。「世界的に有名な偉人が八王子を訪れていたと知って、びっくりしました」
 シュリーマンが来日したのは幕末の一八六五年。当時、外国人は横浜港から十里(約四十キロ)以内でしか旅行を許されなかった。圏内にある八王子は、海外に輸出されていた生糸の産地で、欧米人がしばしば訪れていたという。シュリーマンもその一人だった。
 伊藤教授は「地域活性化に使えるかも」と直感。社会学や社会福祉学が専門で、八王子の街でフィールドワークを進める西川ハンナ准教授に相談し、学生を巻き込んで企画を始めることになった。来年のシュリーマン生誕二百年を目指し、プロジェクトが今春から本格的に始動した。
 「『シュリーまんじゅう』なんてのはどうかな」。そんなたわいのない会話をヒントに、学生が描いたイラストを刻印した「シュリーまん」は生まれた。書店の特設コーナーには、学生が選んだ本を並べ、ポップも飾らせてもらった。「まちなか休憩所 八王子宿」に展示コーナーも設置。西川准教授は「コロナ禍で学生が街に出る機会が少なくなってしまったが、うまくコラボレーションできた」と振り返る。
 コロナ禍に振り回された学生には、プロジェクトが大きな転機となった。花園千代子さん(21)は、昨年三月から中国に語学留学する予定だったが、感染拡大のため断念。伊藤教授のゼミに入り、プロジェクトに参加することになった。「今まで素通りするだけだった八王子の街を知ることができました」と、留学していては味わえなかった発見に笑顔を見せる。
 シュリーマンを縁にした地域活性化の構想はさらに続く。伊藤教授は、ギリシャに所蔵されているシュリーマンの日記の原本を解読し、八王子に関する記述をさらに探る予定だ。学生たちも西川准教授とともに、シュリーマンにちなんだ町歩きイベントの可能性を探る。それぞれが、トロイ遺跡ならぬ八王子の「発掘」に情熱を傾けている。
<ハインリヒ・シュリーマン> 貿易商として活躍し、後に考古学者となる。1871年から数回にわたってトロイ遺跡の発掘作業を行い、それまで「伝説」とされていた遺跡を発掘した。この6年前の65年に世界旅行をして、6月1日から9月2日まで日本に滞在した。
 文・布施谷航/写真・高嶋ちぐさ、布施谷航
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