<2020年 核廃絶の「期限」>(上)広島・旧陸軍被服支廠 被爆建物 解体の危機

2020年2月24日 02時00分

旧陸軍被服支廠の前で利活用案を語り合う(左から)瀬戸麻由さん、高田真さん、福岡奈織さん=広島市南区で

 広島市の原爆ドームから約三キロ離れた住宅地に、巨大な赤れんが張りの建物がある。旧陸軍被服支廠(ししょう)。終戦まで軍服や軍靴を製造し、軍都・広島を象徴する建物だった。
 「ここで亡くなった方に『核兵器のない世界、平和のために、この建物を役立ててくれ』と言われているような気がした」
 「旧被服支廠の保全を願う懇談会」代表の中西巌(90)は、この最大級の被爆建物の保存運動を始めたきっかけを振り返る。
 一九一三年建設の旧被服支廠については、「学徒勤労動員で行った」と語る高齢者も多い。原爆が投下された四五年八月六日朝、十五歳だった中西も、学徒動員で一号棟の陰にいた。
 爆風で被服支廠の鉄扉は変形。中西は一時意識を失ったが無傷で、臨時救護所になった支廠内で大勢の被爆者を看護した。「悲惨なけが人や死んでいく人を忘れたいと思うこともあったが、絶対できない」
 当時あった十三棟のうち、現存するのは広島県所有の三棟、国所有の一棟の計四棟。九五年から利活用が検討されてきたが、案はまとまらず老朽化が進んだ。
 二〇一四年に発足した懇談会は、講演会など被服支廠を守る活動を続けてきた。広島の建物の魅力を伝える市民団体「アーキウォーク広島」代表の高田真(41)は「国内でも珍しいれんがと鉄筋コンクリートが共存する建築物」と、価値の高さを語る。
 だが、県は「震度6強以上の地震で倒壊する危険性が高い」と判断。所有する三棟の耐震改修には試算で約八十四億円かかり負担が重いとして、一棟を保存し、残る二棟は解体する案を昨年末に公表した。幅四メートルの市道の向かいには住宅やマンションが立ち並んでおり、「安全対策を優先する」と説明する。
 被爆建物の保存には国の財政支援もあるが、新年度予算案の計上額はわずか五千万円。被爆から七十五年がたち、企業や個人所有の被爆建物は次々と姿を消している。
 被爆三世の福岡奈織(なお)(27)や瀬戸麻由(28)ら若い世代は、被服支廠の全棟保存を求めるインターネット上の署名活動を開始。約二カ月で約二万二千人が賛同した。県の意見公募(パブリックコメント)で、三棟保存を求める声が約六割を占めたことを受け、県は二〇年度の解体着手を見送った。
 それでも、福岡は「まだ楽観できない」と語る。地元には生活に直結しない平和行政に多額の税金を使うことへの反対意見もある。知事の湯崎英彦は十七日、今後の方針を示す時期として、二一年度予算案編成時を「一つのめど」とし、先送りは一年にとどまる可能性に言及。解体を積極的に求める意見も「相当ある」とし、財政問題と併せて利活用の検討体制を設けるとした。
 武蔵大学教授の永田浩三(社会学)は「原爆ドームや第五福竜丸もかつて存廃が議論されたが、市民の声が保存へと動かした」と語る。高田は支廠をホテルや資料館などに再生する活用案を県に提出した。「保存費用を自ら賄う公共施設を提案すれば良いのではないか。絵に描いた餅でも、描いてみないと始まらない」 (敬称略、北條香子)
 ◇ 
 平和首長会議が核廃絶の期限と定めた二〇二〇年。被爆者の高齢化が進むが、被爆体験の伝承は財源などが壁になり、難しくなっている。今回は三回の連載で被爆の遺産や記録の現状に焦点を当てる。

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