岸谷 香《東京 MY STORY》特別なクリスマス(文京区後楽園/東京ドーム・後編)

2021年12月22日 09時55分

ミュージシャンの岸谷香さんが、東京の街と体験を重ねて綴ります。人生の大半を東京で過ごしてきた岸谷香さんが、それぞれの時代の東京の街模様を、自らの体験や大切な思い出と重ねて書き綴るエッセーです。リアルだからこその共感あふれる連載です。

第7回「文京区後楽園/東京ドーム」(後編)ー特別なクリスマス

 春になると、息子は小学5年生に、娘は3年生に進級。
早々に役員決めの保護者会がありました。なんとかスケジュールを調整。再結成をするので、役員は免除して頂きたい旨を自分の口からちゃんと説明するために、何が何でも出席しなければなりませんでした。動機も内容も胸を張って言える活動だったので、逆に誠意のない対応を取ってしまうと自分の気持ちに泥がつくような感じがしていました。そんなふうに頭ガチガチで出席した保護者会でしたが、他のお母様方は「私はお仕事もしてないから、岸谷さんお当番とか代わってあげるから!」と口々に親切な言葉をかけて下さり、本当に有難い気持ちでいっぱいでした。中でも「岸谷さんがお仕事に集中できるようにお手伝いする事で自分も復興支援活動に参加できているみたいで嬉しい」というような言葉を聞いて、みんな同様に何かしたいけれど何をすればいいのか、何が自分に出来るのかを探しているのだろうと実感しました。
お母様達の温かい気持ちのお陰で、私は役員もパスして頂き、年に数回のお当番も交代して頂き、本当に感謝感謝。そろそろ中学受験態勢に入る5年生の息子の周りでは、同じ塾に通っている友達のお母様方が多大なるフォローをして下さいました。朝、仕事の前に友達宅へ着替えと塾バッグを届けに行く。学校が終わると息子は友達と一緒に友達宅へ寄り、制服を着替えて軽食を食べさせて頂いて、ランドセルを塾バッグに持ち替えて、時には宿題までやらせてもらって友達と塾へ。仕事が終わった私が、その友達宅に制服とランドセルを取りに伺う…こんな感じのルーティンで。あ〜懐かしい!!
近所の幼馴染みのご家族も、子供たちがなるべく一人でお留守番にならないように協力してくれて「ついでだからウチで夕飯まで食べさせちゃうから焦らずどーぞー」なんて言ってもらって、甘えてお風呂まで入れて頂いて、すっかり幼馴染みの寝まきに着替え、あとは寝るだけの状態の子供を仕事帰りにピックアップして帰ったり。とにかく「ママ友」の威力は絶大で、今日この子に何をさせておくべきか、何をさせないと明日困るのか…など、同世代の子供を持つ親だからこそできることで、皆その時やらなきゃいけない事を的確にキチンとやらせて下さいました。この功績は実はプリプリ再結成の成功のカギであったように思います。私同様、5人中3人のメンバーが小学生以下の子供を抱える母であったので、ママ友の協力なしには本当にプリプリ再結成はあり得ない大業でした。今振り返っても感謝の一言しかありません。改めて感謝!!
 そして、子供達自身はどんなであったかと言うと新聞やニュースで再結成が発表されると徐々に周囲も騒がしくなり、たまにお母さんがテレビに出ていたり、きっと周りのお友達やお友達のお母様などから、『プリプリ』という言葉を耳にする機会が増えて、やっとお母さん=プリプリという意識が定着してきたのではないかと思います。
 初めてメンバー5人で我が家で再結成の相談をした時、最寄りの駅にメンバー4人が集合し、私が4人を迎えに行くのも目立つかなぁ…と、息子と娘に、「駅に派手なオバサン達4人が居るからその人達をうちに連れて来て! 髪の毛が金髪だったり、もしかしたら赤い人も居るかもしれないから、すぐわかるからね! 2人が迎えに行くって伝えてあるから」とお願いしました。見事に2人は私の言った通り、駅で目をひく強烈な4人のオバサン達を我が家に連れて来てくれました。
 4人はもう、「全員で集まろう、全員じゃないと意味がないの、だから全員の都合が合う日で!」と言った段階で、既に私が何を言い出そうとしているのか理解しているようでした。バンドというのは不思議なもので暗黙の了解で、それぞれの役割が決まっています。私はプリプリの中で何でも言い出す役割で、みんなの胸の中にあった「解散」という単語を言葉にして言い出したのも私だったので、この再結成を言い出すのも、もはや私のミッション…そんな気持ちで切り出しました。勿論、即全員一致でGO!!というほど、簡単な事ではなく、16年もの時が経ち、全く違う環境の中で生活していた5人が、いきなり現役時代同様の活動をするには、あまりに沢山の問題がありました。でも、なるべく前向きに1つ1つ話し合いました。その日の最後に、解散後初めて5人で自分達の「解散ライブ」のDVDを観ました。その時の息子と娘の驚きようと言ったら!! 「えーっ!!コレお母さん!?」「この凄い服着て歌ってんの、お母さん!?」「すごい頭〜!!」「すごい眉毛〜!!」取り合えず、頭の先から足の先まで全てびっくり!!という感じでした。まぁ自分で言うのもナンですが、かなりインパクトの強いビジュアルで笑っちゃいましたけどね、こりゃ子供達もツッコミたくなるわってね(笑)
 そんな感じで、2012年は夏にはサマーフェス、秋には仙台サンプラザホールと日本武道館、X’masには東京ドーム。そして年末には紅白歌合戦にまで出演するというめくるめく一年になりました。東京ドーム公演が決まったとき、都内の大きな駅に巨大な宣伝ポスターが貼られました。運よく(!?)娘の通学する駅にもその巨大ポスターが出現してしまい、友達みんなが「大変!!!吉祥寺駅にチビ香(娘の名前は公表していないのでスミマセン、今回は仮名で)のママがいる!!」と大興奮でクラスメイトとみんなでポスターを見に行って大騒ぎだったとか。また、娘の学校は担任との日記の交換が習慣で、毎日のように日記を書いていました。ある日机の上に広げられた日記を見ると、「お母さんは地震で困っている人達のために歌を歌う事になったので私は自分のことをちゃんと自分でやって…
…中略…
ところで、お母さんはただの私のお母さんなのか…それとも本当はスゴい人なのか!?」
と書いてあるのを読んだ時には思わず声を出して笑ってしまいました。まだ8才の娘。紛れもなく本心が書かれた日記だったと思います。
 そして最後に、プリプリ復興支援活動のクライマックス、12月23日、24日の東京ドーム公演。私達プリプリにとっても東京ドームは生まれて初めて立つステージでした。どうせ再結成するなら、ただの同窓会ではなく、新しい挑戦をしたい。懐かしいだけではなく、自分達の中で昔よりグレードアップしたものを何か1つでもやり遂げたいという信念がありました。16年ぶりに集まった40代も後半の私達には、高い高い壁で、乗り越えるのは容易ではなかった東京ドーム公演でしたが、なんとかやりきることができました。
20代の頃は自分のためにやっていた音楽を、生まれて初めてそれを必要としている誰かのためにやる…それは想像もつかないくらい清らかな美しいものに感じました。まるで、この日のこのステージに立つために私達の現役時代はあったみたいだね、とも5人で話しました。
 その東京ドーム公演、もちろん頭の中はもうライブの事でいっぱいでしたが忘れてはならなかったのが、12月24日、最終日はX’masイヴ。小学生の子供達には、まだまだ大切な、胸をトキメかせて指折り数えるビッグイベントです。スケジュールの空いている日に新宿高島屋に行き、以前娘と一緒に買い物に来たときに「コレ可愛いな〜」と目星をつけておいたサーモンピンクのダウンジャケットと同じ色のエナメルのバッグのセットを購入!! 必死に隠し通して12月23日の夜。東京ドーム初日の公演が無事終わり、都内のホテルに戻ると、すぐに夫に電話をかけ、明日は抜かりなくサンタ役を務めるよう段取りを説明しました。クリスマスツリーは事前に飾ってあったので、24日の夜中、子供達がすっかり寝たのを確認してから、隠しておいたプレゼントをツリーの下に置いてある大きなくつ下の上に置いておいて!!と。24日は家族もみんなでお母さんのライブを東京ドームに観に来る予定で、帰宅して、子供達と食事、お風呂…。そして夜中にサンタさんのお務め…と、東京ドームのステージに立つ私と同様に、夫にとっても大変な仕事量のクリスマスになったことは間違いなし!家族みんなで頑張りました。24日、ライブは大成功に終わり、充実感と疲労感に包まれて、夜中、家族の寝静まった自宅に帰りました。1番にツリーの元へチェックに行くと、夫は抜かりなく完璧にサンタの仕事を遂行しており、ホッとして眠りにつきました。翌朝、年のせいなのか、又はまだ興奮覚めやらぬ状態だったのか、早くから目が醒めてしまい、ベッドの中で昨夜のライブをアレコレ思い出して、よくここまで来たな〜我ながら頑張ったな〜なんてちょっぴりおセンチな気分に浸っていると、ゴソゴソと物音がし、娘が起きて部屋から出ようとしていました。私はベッドから飛び起きて、コッソリとリビングのドアの隙間から、プレゼントを見つける娘の姿を覗き見していました。生でドッキリを見ている訳ですから、それはそれはドキドキして、どんな風に喜ぶんだろ…どんな顔するかなぁ〜と心臓バクバクでした。娘は小さく「あ…」と言ってツリーに近づいて、赤い大きなくつ下の上の包みを丁寧に開け、中に入っていたダウンジャケットとバッグを手にすると、「うわ〜サンタさんセンス良い〜」と呟きました。私はもうそのコメントがおかしくて、おかしくて…笑いを耐えるのに必死でした。『サンタさんセンス良いって…そりゃお母さんだからだよ〜』と心の中で叫びながら、静かに部屋に戻りました。『笑顔がこぼれる』とはまさにあの時の事を言うんだな。
 あのX’masは一生忘れないと思います。あの時サンタさんのセンスの良さに感激した娘も今年18才。もうあんな可愛い呟きや日記の疑問を見る事は一生ないんだなぁ…と思うと、東京ドームのライブも、それにまつわるいくつもの子供達のエピソードも、全て幸せな思い出です。あれから10年…早いなぁ〜。
おしまい
◆読者の皆様へ◆
6月からスタートしましたこの連載、稚拙な文章ではありますが、私の東京にまつわる思い出を日記感覚で、楽しんで頂けていたら幸いです。
私自身、改めて文章を書く楽しさを実感しながら、毎回のストーリーを書いてきました。来年も楽しみながら、東京MY STORYを綴っていきたいと思います。
2022年が世界中の全ての人達にとって、笑顔の増える一年になりますよう心からお祈り申し上げます。

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次回更新は、2022年1月12日(水)更新予定です。
お楽しみに。
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岸谷 香
1996年5月31日、武道館公演をもってプリンセス プリンセスを解散。
1996年結婚。翌年、奥居香ソロとしてシングル「ハッピーマン」を発売し、ソロ活動をスタート。
2001年子供を授かったことをきっかけに岸谷香に改名。その後13年間は育児を中心とする生活が続いた。2012年、東日本大震災復興支援の為、16年振りにプリンセス プリンセスを一年限定で再結成。
2014年より、ソロ活動を本格的にスタートさせ、数々のライブ活動を実施。
ガールズバンドプロジェクトを立ち上げ、ミニアルバム「Unlock the girls」をリリースしたり、豊洲PITにて、東日本大震災復興支援ライブを行ったりもした。
2021年2月にはミニアルバム「Unlock the girls3-STAY BLUE」を発売。
2021年7月からは「KAORI PARADISE 2021」ひとり弾き語りツアーをスタートした。
お知らせ
レギュラー
・ラジオNHK-FM「岸谷香Unlock the heart」
毎週金曜23:00〜スタート
・ニッポン放送「オールナイトニッポンMUSIC10」
毎月第四水曜日22:00~スタート
LIVE情報
【2021年 12 月 27 日(月) ビルボードライブ大阪】
1stステージ 開場 14:00/開演 15:00
2ndステージ 開場 17:00/開演 18:00
<料金>
サービスエリア¥7,900-
カジュアルエリア¥7,400-(1ドリンク付き)
※ご飲食代は別途ご精算となります。
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
【2021年 12 月 29 日(水) ビルボードライブ東京】
1stステージ 開場 14:00/開演 15:00
2ndステージ 開場 17:00/開演 18:00
<料金>
サービスエリア¥7,900-
カジュアルエリア¥7,400-(1ドリンク付き)
※ご飲食代は別途ご精算となります。
[お問い合わせ] ビルボードライブ東京:03-3405-1133
【岸谷香 感謝祭2022】
2022年2月13日(日)
KT Zepp Yokohama
OPEN/16:45 START/17:30
チケット料金/全席指定 9,000円(ドリンク代別、税込)
[ゲスト]
根本 要(スターダスト☆レビュー) / 和田 唱(TRICERATOPS)
<一般発売>
2021年12月18日(土)10:00~
[公演に関するお問合せ]
DISK GARAGE 050-5533-0888(平日12:00-19:00)
最新の詳細情報はオフィシャルサイトをご覧ください。

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