<かながわ未来人>ホームレスの自立支援 鍼灸師・長橋俊郎(ながはし・としろう)さん(74)

2021年11月29日 07時24分
 「大福食べる?」「うん、食べるよ、ありがとう」「ゆっくり食べてね」−。こんな短い会話をするのに八年かかった。相手は小田原市で長くホームレス状態の女性。何度話し掛けても無言だった。「もしかしたら」と昨年九月、大福餅を二つ買って声を掛けると、初めて返答してくれた。ホームレスらを巡回し、自立を助けるボランティア団体「小田原交流パトロール」の連絡役を務める。
 大学中退後、故郷の熊本県から秦野市の大手企業に就職。勤務後の夜間、鍼灸(しんきゅう)の学校に通い、三十五歳の時、小田原市で治療室を開く。きっかけは「けが人を蘇生させる鍼灸師の技を見た時、自分もやりたいと思ったから」という。
 六十歳まで十八年間、スタッフ数人と月一回、東京・山谷地区でホームレスや日雇い労働者を無料で診療した。「路上で寝る人は体を温めようとカーッと酒を飲むから、みんな肝臓をやられていた」と振り返る。
 山谷の経験は印象深い。ある中年男性は、来るなりエビのように丸まって動けない。背中から心臓のツボに百回、二百回とお灸(きゅう)をすえるとあおむけになれ、今度ははりを打つ。呼吸が楽になった男性は診療後「『次に心筋梗塞の発作が起きたら死ぬよ』と医者に言われていた」と明かした。
 「一度に二百五十回ものお灸はこの男性が初めて。山谷への出張で鍼灸、東洋医学のすごさを再発見でき、勉強になった」と話す。
 地元の小田原交流パトロールの活動を知り、五十五歳で加わる。月一回の無料診療会の会場も小田原へ移し、昨年末まで続けた。累計人数は山谷で延べ五千人以上、小田原は十三年間で九百五十三人に及ぶ。
 巡回に参加した二〇〇二年当時、ホームレスは市内に数十人いたという。「路上生活は厳しく、体も壊す。人が住む場所じゃない」との思いで人間関係を築き、希望者の生活保護申請、借家への入居を手伝う。複雑な事情から訪問を嫌う人もいる。冒頭の女性も翌日以降、再び口を閉ざした。でも、心を開いてくれる日を気長に待つつもりだ。
 新出発に立ち会う瞬間は何よりもうれしい。「死ぬまでここにいる」と、三十年も海岸でテント暮らしだった七十代男性は昨年末、生活保護を受けアパートへ入居した。生活保護を長年拒み続けたこの男性から「あったかくていいね。今度おごるよ」と言われた。お灸ほどではないが、熱いものがこみあげていた。(西岡聖雄)
<小田原交流パトロール> 1997年、小田原市の有志3人で設立。ホームレスらを週1回、交代で見回り、食料などを渡す。主目標は自立支援のため、生活保護申請や住民登録、銀行口座開設、健康診断をサポート、希望者の新型コロナワクチン接種にも協力している。これまでに数十人が借家に入り、就職できた人もいる。市内のホームレスは現在10人前後、巡回メンバーは50〜70代の7人。おにぎり、ゆで卵、薬を調達する支援者が他に数人いる。問い合わせは「現代針灸・国府津治療室」の長橋さん=電0465(48)7811=へ。

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