<ひと物語>「生き直す」姿、ともに歩む やどかりの里理事長・増田一世さん

2021年11月29日 07時43分

1990年までほぼ無給。「今ならブラック企業ですが、面白くてやりがいがあった」と笑う増田一世さん=さいたま市見沼区で

 精神障害がある人の地域生活を支える公益社団法人「やどかりの里」(さいたま市見沼区)が昨年、設立五十年を迎えた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で一年延期された「感謝のつどい」が今月、オンラインで行われ、理事長の増田一世さん(66)は「メンバー(利用者)の『やどかりの里が大事、必要』との声と行動が存続のエネルギーだった」と振り返った。
 やどかりの里は一九七〇年、精神科病院に長期入院後、社会復帰を目指す人の住まいや居場所づくりを目的に発足した。公的補助も社会的理解もない時代、必要性を感じたソーシャルワーカーらが立ち上げた。
 七八年に大学を卒業した増田さんは、就職がうまくいかず、初代理事長だったゼミの教授に相談。「大学院に行くつもり」で無給の研修生として運営に加わり、利用者同士の対話活動支援などを担当した。翌年に結婚。新婚旅行の間に代理でグループをケアした先輩から利用者の声を伝えられた。「言いたいことがあるのに押しつけられる」「まるで増田さんのグループのようだ」。学んできたことを懸命に実践したつもりが、深い挫折感を味わった。
 自身を見つめ直し「皆さんはいかがですか」と相手の声に耳を傾けるよう心掛けた。「自分の価値観では測れない生き方があるということに、ゆっくりゆっくり気付きました」。その後は組織の収益を担う出版・印刷部門の編集者に転属。今も続ける。
 財政難による破綻の危機は何度もあったが、八七年の精神保健法制定に伴い、精神障害のある人は法的に障害者と見なされ、やどかりの里も法律上の地位を得た。九〇年の社会復帰施設(現「サポートステーションやどかり」)設立を皮切りに、ともに働き、支える施設を増やし、現在は市内十三事業所を展開。精神、知的、発達障害などの利用登録者は約三百三十人となった。相談、宿泊、自立訓練や当事者が勤務する喫茶店や給食事業、農園がある。
 増田さんは二〇〇一年に常務理事、昨年には理事長に就いた。働き始めたころ、今の姿は想像していなかったと笑い、原動力を「『(精神障害で)どん底を見た、自分はこの世にいない方がいい』と言っていた人が、信頼できる医師や仲間に出会って『生き直す』と。その姿で人間はいいなと思うし、一緒にいたいんです」と語る。

2頭の子ヤギも参加した「やどかり農園」の芋ほり作業。地域でも人気を集めている(やどかりの里提供)

 活動はさらに広がり、地域住民と「つなぐ・つくるプロジェクト」に取り組む。出張カフェや農園のヤギとの触れ合い体験に合わせて「まちなか保健室」を開き、保健師や精神保健福祉士などが無料相談に応じる。家にこもるなど孤立し、支援が届きにくい層へのアクセスを狙い「医療機関への相談と構えずに、体重や血圧を測ったりして自分の健康を気遣ってもらえれば」。誰もが生きやすい地域をつくり、地元・見沼の魅力を次世代へとつないでいく。(前田朋子)
<ますだ・かずよ> 1955年、東京都生まれ。明治学院大卒業後の78年から勤務。日本障害者協議会常務理事など外部団体の役職も多く、2018年の中央省庁障害者雇用水増し問題では、参院厚労委員会で施設運営団体代表の立場から各省庁を厳しく指弾した。今後の「まちなか保健室」の予定は「つなぐ・つくるプロジェクト」のインスタグラムなどで発信。

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