<深堀り 鷹見泉石>(1)高い能力「鷹見の土井」

2021年11月29日 07時46分

国宝「鷹見泉石像」(東京国立博物館蔵)

 現在、古河歴史博物館(古河市)に収蔵されている鷹見泉石(たかみせんせき)の伝来資料は、いわゆる鎖国の中で収集された良質な海外情報を含み、古文書や古記録、書簡類、世界図や日本図、国郡図や村絵図などの絵地図、書籍類、各種の器具・道具など、多岐にわたる文化財群で構成されている。ちなみに東京国立博物館所蔵の国宝「鷹見泉石像」も、かつては鷹見家に伝来する文化財のひとつであった。鷹見家資料に含まれるおよそ三千百五十点の文化財は、国の重要文化財の指定を受けており、それぞれが有機的に連動、連携しつつ重要な歴史的証言を示しているといえよう。
 ところで、泉石の公務は、おもに古河藩主にして幕府老中を務める土井利厚(としあつ)、土井利位(としつら)を補佐することにあった。それゆえに泉石は、多くの情報を収集、整理し、仕えた藩主に提供している。そうした活動は、幅広い人脈を構築することにつながっていく。殊に、洋学や海外情報をめぐる人的交流を通じて集められたさまざまな文物は、現在でも唯一無二の希少性を有し、分野を超えて高い評価を得ているものばかりである。
 また、泉石は、自らに関わる九百点にも及ぶ書状をこんにちに伝えている。その事務処理と管理能力にはひたすら驚かされるばかり。のみならず、全体として良質な歴史資料として残されてきた。書状は、その性質から当事者間だけに通じる符牒(ふちょう)のような表現が用いられている反面、その手紙だけに示される歴史上の重要証言を数多く含んでいることが多い。そのような歴史の宝箱というべき泉石の書状を読み解いてみると興味深い記事に行き当たるのであった。たとえば、泉石宛て利位書状の次に引用するくだり。
 「定て色々甲斐守にも穿鑿(せんさく)致候て、此方(こなた)之落を有事無事も種々可申」<かならず甲斐守(鳥居耀蔵(ようぞう))は色々と穿鑿して、こちらの手落ちになりそうなことをあることないこと当然のように種々申し立てるであろう>
 ここに登場する鳥居耀蔵は、天保改革を主導した水野忠邦配下の目付、町奉行で、江戸庶民からも妖怪(耀蔵と甲斐守から付けられた)と恐れられていた人物。利位は、泉石の身辺にまで及んでいた鳥居のさまざまな「穿鑿」を手紙を介して知らせて注意を促しているのであった。その背景には強権を発動して「蛮社の獄」を操った鳥居耀蔵の大きな権力を読み取ることができ、末尾に付された「一覧投火可被致候事」の一文は、読み手に緊迫するその状況を伝えるに十分である。
 この時代、「土井の鷹見か、鷹見の土井か」と喧伝(けんでん)されるほどの関係にあったこの主従には、その評価を転覆させたいと考える勢力も存在していた。泉石の蘭学・洋学に対するアプローチは、当時、彼を失脚させる危うさをはらむものであったといえよう。
 鷹見泉石の持つ蘭学者との人脈や海外の情報を収集する高い能力は、それを容認する土井利位という後ろ盾が働くことで安全に機能していたと言っても過言ではない。
 ◇ 
 幕末の蘭学者で画家の渡辺崋山が描いた「鷹見泉石像」は誰もが一度は見たことがあるはずだが、モデルの実像は意外に知られていない。古河歴史博物館学芸員の永用俊彦さんが鷹見泉石の業績を深掘りします。原則最終月曜日に掲載します。
<ながよう・としひこ> 1965年、東京都生まれ。古河市在住。東洋大学大学院文学研究科修士課程修了。専門は日本近世史。

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